“攻めのDX”でマーケティングを革新、“守りのDX”で業務プロセスを革新 ~サンスター株式会社~
サンスター株式会社の歴史は、1932年に金田兄弟商会という屋号で、自転車部品やパンク修理用ゴム糊の製造販売業を創業したところから始まる。1946年には、ゴム糊を入れていた金属チューブ容器の製造技術を応用して、チューブ容器入りの練歯磨剤を開発・販売。当時は粉状の歯磨剤が主流だったことから、利便性の高いチューブ容器入りの練歯磨剤が大ヒットし、事業を拡大させた。
1950年に現在の社名であるサンスター株式会社に変更した後も成長を続け、いまでは世界20か国に拠点を置き、グループ全体で売上高も従業員数も約半分を海外事業が占めるグローバル企業へと発展している。現在の同社の事業は大きく分類すると、オーラルケア製品や化粧品、健康食品などの消費財を取り扱う事業と、業務用の接着剤やバイクの部品などの生産財を取り扱う事業の2つからなる。
サンスターのDXの現状や今後のビジョンについて、デジタルトランスフォーメーション推進部の堀健二部長にお話をおうかがいした。
“攻めのDX”と“守りのDX”を別組織にし、それぞれ既存のIT部と連携
-御社でDXを中心となって進めている部署は、デジタルトランスフォーメーション推進部でしょうか? それは、いつ、どのような事情で発足されたのですか?
デジタルトランスフォーメーション推進部を発足したのは2019年1月です。ちょうど丸2年が経った現在、DXを専任しているメンバーが私を入れて4名。既存のITをあわせて約20名体制で“守りのDX”を中心に取り組んでいます。当社では、DXを“守りのDX”と“攻めのDX”に分けてとらえていますが、これについては後ほどご説明しましょう。
世間では「2025年の崖」がいわれていますが、当社でも活用しているITが古くなって、様々な問題が生じ始めました。既存のITの改善程度では企業間競争に勝ち残れないとの危機感から、デジタルトランスフォーメーション推進部を発足しました。
また、その部署とは別に、消費財を扱う事業グループ内のデジタル戦略チームも、IT部と連携しながらDXに取り組んでいます。このチームは2012年ごろに発足したのですが、当時はWeb広告などを担当していました。2019年より業務内容を広げて、現在はスタッフ5名で“攻めのDX”を担当しています。私はデジタルトランスフォーメーション推進部の部長であると同時に、デジタル戦略チームの担当部長も兼任しています。
2019年1月にDXの取り組みをスタートさせたとき、最初に3か月ほどをかけて経営者や現場にヒアリングし、課題がどこにあるかを整理しました。そして、情報のデジタル化と集中化が進んでいないこと、インフラが古くなっていることの3点を重点課題として取り上げました。この重点課題の解決のために大きなビジョンを描き、いまはこのビジョン実現に向けてDXを推進しているところです。
-なぜ、デジタルトランスフォーメーション推進部とデジタル戦略チームの2つの組織があるのでしょうか?
先ほど少し申し上げましたが、当社では、DXを“攻めのDX”と“守りのDX”に分けてとらえています。
“攻めのDX”とは、デジタルマーケティングやデジタルプロモーションによって、売上を伸ばしたり、新事業を立ち上げたりする取り組みを指します。この取り組みは、各事業部門が中心となって進め、それをIT部門がサポートしています。
一方の“守りのDX”は、新しいITを活用して製造、販売、物流などの社内の業務プロセスを革新し、生産性を上げる取り組みを指します。こちらは主にIT部門が主導して進めています。
“攻めのDX”を進めるには、消費者や市場の実態に精通していることが必要です。一方の“守りのDX”を進めるには、現場の業務プロセスに精通していることが必要です。しかも、売上を追求する発想と、生産性を上げる発想は異なります。したがって、一人の人間がオールマイティにこなすことは難しいので、当然、お互いに連携はしますが、組織は別にしました。私はその両方を統括し、デジタル活動の統括責任者の役割を担っています。
デジタルマーケティングで得た情報を新製品開発や在庫調整に活用
-具体的にどのような取り組みをされているか、お聞かせいただけませんか。
では、最初にマーケティングで実践している“攻めのDX”の事例を紹介いたします。
当社のオーラルケア商品や健康食品は、リテーラーを通した販売が多くを占めているため、かつては消費者にダイレクトに接する機会は少なく、テレビコマーシャルなどマス広告を使って情報を広く発信することが消費者コミュニケーションの中心手段でした。しかし、最近では、「クラブサンスター」という消費者向けの会員サイトを運営し、Twitterやインスタグラム、LINEなどのSNSも活用して消費者とダイレクトにコミュニケーションを取っています。
もっとも、2015年に「クラブサンスター」を開設してから長い期間、一方的に情報を発信することが中心でした。サイトのエンジンを替えて、パーソナルレコメンデーション(注1)などの新機能を搭載し、新しい形のデジタルマーケティングを実践し始めたのは、1年前からです。
現在は、消費者との双方向のコミュニケーションによって、消費者の嗜好やトレンドを把握し、次の商品開発の参考にしています。今後は、従来のPOSデータやシェア情報もあわせてワンストップで総合的に分析できる仕組みを構築し、在庫削減などに役立てていきたいと考えています。
また、新しいKPIとしてネットプロモータースコア(注2)を導入し、消費者評価を確認したり、個々の施策ごとにプロモーションのコストパフォーマンスを確認するなどして、推進のPDCAを行っています。
(注1)パーソナルレコメンデーション/ユーザーの過去の閲覧履歴などから好みを分析し、ユーザー一人ひとり個別に興味や関心のある情報を提供していく仕組み
(注2)ネットプロモータースコア/企業やブランドに対する顧客の評価を測定するために、「製品、サービスなどを親しい友人や同僚に薦める可能性はどのくらいありますか?」という設問に対する答えを数値化した指標
グローバル企業として、比較的早期にテレワークやペーパーレス化を推進
-続いて、“守りのDX”の事例をご紹介いただけませんか。
直近の2年間で手がけた大きな取り組みは、インフラの改革です。
一つの事例として、テレワークを進めるために、2019年の夏からoffice365の導入を始め、2019年末にコラボレーション環境のクラウド化を完了させました。その年末の時点で、オフィスワーカーの約7割に対してリモートアクセスの環境を整備していたので、2020年4月に新型コロナウイルスの感染防止対策として緊急事態宣言が出されたときには、すぐに間接部門では100%近くまでテレワーク体制に移行できました。
当社が比較的早くからテレワークに着手できた要因は、事業の半分が海外で展開されていること、2008年に本社をスイスに移したことなど、もともとグローバルオペレーションを行ってきたからです。テレビ会議などの便利なコミュニケーションツールは早くから採り入れてきました。ペーパーレス化も日本よりも海外の方が進んでいます。
ただし、“守りのDX”の根幹である、製造やサプライチェーンの改革にはまだ十分に着手できていません。現在、戦略を立てているところで、これから仕組みを構築していく予定です。
その際、変化の激しい時代に対応できるよう、新たな業務プロセスはアジリティ(俊敏性、柔軟性)を備えることが非常に重要だと考えています。今日、有効な仕組みであっても、明日には陳腐化しているかもしれないからです。私に言わせれば、IT設備の5年償却など、陳腐化のスピードの現実に照らせばナンセンスだと思います。
カルチャーを変えるには、まずアーリーアダプターに働きかける。
-DXをうまく進めるために、どんなことに留意すべきでしょうか?
一つは、これまで申し上げてきたように、“攻めのDX”と“守りのDX”を分けてとらえることです。
もう一つは、最新のIT機器やシステムを導入して終わりではなく、社内のカルチャーを変えていくことが重要だと考えます。
“守りのDX”に関しては、先に紹介したコラボレーション環境のクラウド化のほか、電子ワークフローの導入、ペーパーレス化を進めるための複合機の削減、固定電話の廃止と一部フリーアドレスの導入などを実施してきました。いずれも業務に無理なく取り入れてもらうために、社内のカルチャーやマインドを変えることも求められます。その点で、新型コロナウイルスの感染防止対策で働き方を変えざるを得ない状況になったことは、DX推進の追い風となりました。
しかし、今回の新型コロナウイルス感染拡大のような偶発性に頼るわけにはいきません。社内のカルチャーを変えていく有効な方法は、いきなり全社員に変化を求めるのではなく、まずアーリーアダプター(※3)に働きかけ、そこからアーリーマジョリティ(※3)へと広げていくことです。
あとはDXを“知らないこと”が障害になっていると考えて、2019年から中間管理職や新入社員を中心にデジタル初級研修を開催しました。アナログでは絶対にできないことが、DXによって苦もなくできるようになる成功事例を具体的に示せば、DXの価値を理解してくれます。例えば、Amazonのタイムセールのような24時間365日刻々と変わる変化に人力で対応するのは不可能で、ITによって自動対応するしかありません。そのような具体的な事例を通して、DXが不可欠であることに気づいてもらうようにしています。
あわせて、業務プロセスにおけるDXを進めるために、担当する社員に対して、業務革新のコンサルテーションができるぐらいのスキルアップ研修を行っています。業務革新に必要なヒアリング、企画立案、プレゼンテーションの方法などを学んでもらい、DX人材を育成しています。
(※3)アーリーアダプターとは、流行に敏感で、新しい商品やサービスなどを早期に受け入れる層。アーリーマジョリティとは、アーリーアダプターに比べると慎重だが、アーリーアダプターに追随して、新しい商品やサービスなどに関心を持つ層。いずれも、イノベーター理論における5つの層のうちの一つ。
DXに関して必要だと思う公的な支援は、人材育成や教育研修
-話は変わりますが、経済産業省の発表したDX推進指標を参考にしたり、DXに関する公的支援を受けられていますか? あるいは、公的支援を受けるとすれば、どのような支援を求められますか?
自社のDX推進のための戦略を立案する際に、DX推進指標は参考にしました。しかし、DXに関する公的支援は、これまでは受けたことはありません。
公的支援を求めるとすれば、DXを推進するための人材育成です。DX人材の確保が、DX推進の大きな課題だからです。技術面もさることながら、ITの知見を有しながら、経営陣や現場の社員に対して、DXの必要性や重要性を説得できるだけの能力を持った人材が、DX成功のカギを握っていると考えます。試験制度や認定制度だけでは不十分であり、公的機関には育成まで踏み込んでいただきたいと思います。
もう一つ必要だと感じていることは、マジョリティのITリテラシーをボトムアップする研修です。DXの専門家やリーダー格の研修はすでに行われていますが、ボトムアップ研修は、まだ少ないのではないでしょうか? また、研修を行うには、現在の必要最低限のITリテラシーをどこに置くか、その標準を設定する必要もあります。
当然ですが、DXを成功させるには、アーリーアダプターやアーリーマジョリティだけの取り組みでは不十分です。全社員のボトムアップが欠かせません。しかし、そこまで手が回らない企業も少なくないはずです。昔あったエクセルやパワーポイントの操作研修に相当するような、全社員が必須としてデジタルスキルを学ぶ公的な研修プログラムがあれば、非常に有意義だと思います。
まとめ
- サンスターでは、活用しているITが古くなり、既存のITの改善程度では企業間競争に勝ち残れないとの危機感から、2019年1月からDXの取り組みをスタートさせた。
- その際、サンスターでは、DXを“攻めのDX”と“守りのDX”に分けてとらえ、“攻めのDX”を主にデジタル戦略チームが担当し、“守りのDX”を主にデジタルトランスフォーメーション推進部が担当している。
- “攻めのDX”とは、デジタルマーケティングなどによって、売上を伸ばしたり、新事業を立ち上げたりする取り組みを指し、“守りのDX”とは、新しいITを活用して製造、販売、物流などの社内の業務プロセスを革新し、生産性を上げる取り組みを指す。
- “攻めのDX”を進めるには、消費者や市場の実態に精通していることが必要で、“守りのDX”を進めるには、現場の業務プロセスに精通していることが必要。しかも、それぞれ求められる発想が異なる。2つの組織に分けているのは、そのような理由による
- “攻めのDX”の事例として、「クラブサンスター」という消費者向けの会員サイトを運営。SNSを活用した消費者とのダイレクトにコミュニケーションによって、消費者の嗜好やトレンドを把握し、次の商品開発の参考にしたり、在庫削減などに役立てている。
- “守りのDX”の事例としては、テレワーク体制整備のためのコラボレーション環境のクラウド化、電子ワークフローの導入、ペーパーレス化を進めるための複合機の削減、固定電話の廃止と一部フリーアドレスの導入など。
- DXをうまく進めるには、社内のカルチャーやマインドを変えていくことが重要である。そのための有効な方法は、いきなり全社員に変化を求めるのではなく、まずアーリーアダプターに働きかけ、そこからアーリーマジョリティへと広げていくこと。
- また、社内のカルチャーを変えるには、教育研修も重要である。サンスターでは2019年より、中間管理職や新入社員を中心にしたデジタル初級研修や、業務改革担当者に向けたスキルアップ研修を実施している。
- 公的支援を求めるなら、DX推進のための人材育成の支援だ。DXの専門家やリーダー格の研修もさることながら、社内でなかなか手が回らないボトムアップ研修(昔あったエクセルやパワーポイントの操作研修に相当するようなもの)も非常に有意義だと思う。
※本記事は、一般財団法人関西情報センター「e-Kansaiレポート2021」からの転載です。