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バッチ処理を基本とした日本の発想・設計では、DXは進まない。 ~味の素株式会社~

味の素株式会社の現在の事業は、大きく分けると、食品事業とアミノサイエンス事業からなり、その両事業の下で調味料やスープ、ヘルスケア商品など、多様な商品をグローバルに提供。それらの商品は、親会社の味の素をはじめ、海外を含む数百社のグループ会社で製造・販売している。グループ全体でDXに本格的に取り組み始めたのは、2019年7月からで、現在、「食と健康の課題解決企業」というテーマを掲げて、DXを積極的に推進している。

味の素グループのDXの取り組みについて、同社のDX推進部、シニアマネージャーの益田瑞文氏にお話をおうかがいした。

デジタルテクノロジーで新たな付加価値を生むためにDX推進部を発足

味の素グループでDX推進の中心となっている部署は、DX推進部でしょうか?

中心となっているというより、DX推進部も含めて組織的に取り組んでいます。

具体的には、主要な事業部門から20名ほどのメンバーを集めて、CDO(Chief Digital Officer:チーフ・デジタル・オフィサー)の下に、事業横断的にDX推進委員会を発足し、DXの課題を検討しています。さらに、DX推進委員会の下で、サプライチェーンマネジメント、マーケティング、R&D・データインテグリティ、人材育成の5つの機能別小委員会を運営しています。そこでのDX推進部の役割は、主にデジタルテクノロジーの開発や活用推進です。また、DX推進委員会の事務局の役割も担っています。

DX推進部は、いつ、どのようなご事情で発足したのですか?

2020年7月に、それまでの情報企画部をDX推進部に改組して発足しました。

情報企画部は従来、当社グループのITインフラの整備や各種情報システムの開発・運用を担当していました。開発業務自体は、グループ会社にアウトソースしており、その会社と情報システムのユーザーにあたる事業部門との橋渡しなども行っています。

DXに取り組むに際して、従来の情報企画部のままでは、新たな付加価値を生むのは難しいと考え、部署のミッションから変更して、DX推進部という新しい組織にしました。現在、DX推進部には、約70名が在籍しており、そのうちの五十数名が引き続き、ITインフラの整備や各種情報システムの開発・運用を担当。残りの十数名がDXに関わるエンジニアやデータサイエンティストです。

既存のITを担当する情報企画部をそのまま残して、別にDXを専任する部署を新設するという選択肢もなかったわけではありません。しかし、その二つの部署が円滑にコミュニケーションを取れればいいのですが、新しいことを担当するDXの専任部署と既存のIT業務を担当する情報企画部が、完全に二つに分離してしまう恐れも懸念されました。デジタルテクノロジーという同じ課題を扱いながら、二つの部署が別々に業務を行うことは望ましくないと考え、情報企画部を引き継ぎつつ、DX推進部に改組しました。

かつてのマーケティングでは掴めなかったニーズもビッグデータにより分析・把握

そもそもDX自体は、いつ頃から、どのようなご事情で取り組み始められたのですか?

2018年度から準備を進め、2019年7月に、「食と健康の課題解決企業」というテーマを掲げて、DXに積極的に取り組むことを対外的に発表しました。

その経緯は、当社グループのホームページにも掲載していますが、DXに取り組み始めた背景には、生活者の意識・嗜好性やデジタル化による消費行動の大きな変化があります。当社グループは、伝統的に縦のマネジメントが強く、指揮命令系統が明確です。この強みは、事業環境が安定している時には十分に発揮されますが、環境変化が激しいと対応しにくく、むしろ弱みとなります。

そこで、食品とアミノ酸、ヘルスケアなどそれぞれの分野で培った能力を組み合わせることでシナジーを発揮できる「食と健康」領域にターゲットを絞り、「食と健康の課題解決企業」へと変革することをめざしました。そのためにDXは欠かせないと考えています。

DXに関して、具体的には、どのような取り組みをされていますか?

詳細なことはお話しできませんが、例えば、生活者のWeb上の行動や購買行動に関するビッグデータを分析することで、これまで経験豊かなマーケターでも気づけなかったことが見えてきました。

当社グループのホームページを訪れるユーザーのアクセスログなどは昔から収集していますが、最近では、特定のペルソナ(注1)に焦点を絞り、そのペルソナに当てはまる全ユーザーをマッチングさせることで、顕著な傾向を把握できるようになりました。生活者が明らかに満足していない顕在化したニーズはもちろんのこと、生活者自身も気づいていない潜在的なニーズも見えてきました。かつてのマーケティング手法では入手できなかった価値ある情報です。

今後もアイデア次第で様々な分析に基づき、新たなサービスを提供できるようになると考えています。

(注1)ペルソナ/ある商品やサービスに対するリアルな利用者像のこと。年齢・性別・居住地・家族構成・職業・年収などの属性だけではなく、ライフスタイルや趣味嗜好などの特徴をイメージできるように設定されたもの。

情報経営学系よりも、化学やバイオの分野の人材のほうが実践的

先ほど、DXに関わるエンジニアとデータサイエンティストは十数名いらっしゃるとお聞きしましたが、情報企画部のときの部員がそのままスライドしたのですか?

いえ、違います。情報企画部の時代を知っているのは私だけで、ほかはすべて新卒・中途で採用しました。新卒は主に化学やバイオを学んだドクターやマスターです。この分野であれば、以前からつながりがありますので、採用もさほど困難ではありません。

専門はデータサイエンスではないのですが、いまやデータを取り扱わなければ化学やバイオも研究できないので、データサイエンティストとしてもレベルの高い人材が少なくありません。むしろ、情報経営学系の専門のデータサイエンティストよりも、当社にとって必要な実践的な能力を有しています。

先ほど、マーケティングのためにビッグデータを分析していると申し上げましたが、分析結果を眺めるだけでは意味がなく、次の新たなサービスに結び付けなければなりません。当社は「食と健康の課題解決企業」をめざしていますので、当社独自の問題解決を提供するには、化学やバイオの専門性が必要となります。

化学やバイオを学んだドクターやマスターは、例えばですが、発酵タンクの中で何が起こっているか、あるいは、牛の胃の中でどのような化学反応が生じているかを容易に理解できます。そのような学問的基礎の上に、当社独自の新たなサービスや社会的価値を提供できるものと考えています。

今後も、DX人材は外部からの採用で充実される予定でしょうか?

必要に応じて採用することになると思いますが、同時に社内でのDX人材の育成にも注力しています。2020年の夏からは(ちょうどDX推進部が発足した前後ですが)、そのためのe-ラーニングの講座を開設しました。最新のITやデータハンドリングを学ぶと同時に、希望すれば、Python(パイソン)やR言語のプログラミングまで学べる研修プログラムを全社的に提供しています。DX推進部の既存のITを担当しているメンバーにも受講してもらっています。

日本では、夜間のバッチ処理を基本としているため、BPRが進んでいない。

今後、さらにDXを進めていくうえで、何が課題でしょうか?

乗り越えなければならない大きな問題は二つあると考えています。

一つは、日本企業の一般的な問題でもあり、当社の問題でもありますが、会社全体のITリテラシーが極めて低いことです。個々人の問題というより、その背景にある組織風土に根本的な問題があると、私は考えています。

業務をするうえでも、マネジメントするうえでも、いまやITは必須です。改めて「必須」というまでもなく、ごく日常的に使うツールであるはずです。にもかかわらず、ITを知らなくても通用する組織風土が根強く残っています。そのために、DXの意義や必要性が組織の隅々にまで、まだ行き届いていないように感じています。その結果が、個々人のITリテラシーが低いままという現象を生んでいるのだと思います。

その状況に対して、当社グループでは2年前からCDOのリーダーシップの下でDXを推進し、e-ラーニングを始めるなど、価値観の転換を図ってきました。また、人事評価もそれに即したものに変えてきましたので、いまは社内のキーパーソンにはDXの意義を十分に理解していただけるようになりました。今後の課題は、それを全社へと広げていくことです。

大きな問題は二つあるとおっしゃいましたが、もう一つは何でしょうか?

こちらが、より深刻ですが、日本独特のデータ処理に根差した、次のような問題です。

日本のコンピュータシステムは(私は国内に時差がないことが原因ではないかと個人的に考えていますが)、夜間にバッチ処理を行うことで、手続き型の事務処理プロセスを残したまま、そのプロセスを効率化するためだけに、コンピュータの計算処理能力を活用してきました。別の言い方をすると、コンピュータ業務の中心が、夜間バッチ処理に向けたデータ入力になっています。

その結果、リアルタイムで行うオンライン処理に必要なデータベース設計やオブジェクト志向の概念が発達していません。そのため、日本のSEには、データ分析やデータマネジメントに長けた人は極めて少ないのではないかと思います。また、オンライン処理を前提としていないために、API(注2)を適切に活用したシステム設計ができるSEも少ないのではないかと見ています。こうしたことにより、アメリカや中国などと比べて、日本企業ではBPR(注3)が進まず、これがDXを進めるうえでの大きなネックになっていると考えます。

(注2)API/Application Programming Interface(アプリケーション・プログラム・インターフェース)の略。異なるネットワーク間で機能を共有するためのインターフェースのこと。

(注3)BPR/Business Process Re-engineering(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)の略。既存の業務プロセス(ビジネスプロセス)を抜本的に見直し、最適なビジネスプロセスに再構築すること。

働き方改革をいっそう進めるために、早くからテレワークを導入

話は変わりますが、御社グループでは、新型コロナウイルスの感染拡大以前からテレワークを導入されているとお聞きしています。どのようなご事情で、早くから導入されたのでしょうか?

当社グループでは、DX以前から、積極的に働き方改革に取り組んできました。仕事とプライベートのバランスを最適化するため、ペーパーレス化や無駄な会議を廃止する運動などを進め、総労働時間を減らしてきました。

しかし、それだけでは、例えば、要介護の家族を抱えたケースには十分に対応できませんでした。そこで、家庭や施設で介護しながら仕事ができるように、テレワークを導入しました。それに伴い、テレワークできる環境を整備し、人事制度も変えました。あわせて、時間単位で有休が取れる制度も導入して、小刻みに勤務できるようにしたり、営業職の“みなし労働”を廃止したりして、細かく時間管理をするようにもしました。

その結果、2020年4月に緊急事態宣言が発令された際にも、スムーズにテレワークを増やすことができ、職種によっては100%を達成しました。

しかし、利便性や効率だけを考えて、すべてテレワーク化するのは危険だと考えています。テレワークが行き過ぎると、仕事に必要なことだけしか、コミュニケーションを取らなくなる恐れがあります。同じ空間にいることで生じる、一見無駄なコミュニケーションが情報の感度を高めますが、テレワークだけになると、その機会が奪われてしまいます。また、テレワーク化による孤独感をフォローするケアも必要です。100%テレワークが可能であっても、週に2日程度の出社があったほうが、ビジネス的にも社員個人にとっても、健康な状態だと考えます。

まとめ

  • 味の素グループが本格的にDXに取り組みだしたのは2019年7月から。その背景には、生活者の意識・嗜好性や消費行動の大きな変化がある。その変化に応じて、「食と健康の課題解決企業」へと変革していくには、DXは欠かせないと考える。
  • 既存の情報企画部のままでは、DXにより新たな付加価値を生むのは難しいと考え、2020年7月に同部をDX推進部に改組した。約70名のうちの五十数名が既存の業務を担当。残りの十数名がDXに関わるエンジニアとデータサイエンティストである。
  • また、DXを組織的に取り組むため、CDOの下に事業横断的にDX推進委員会を発足。その下に、サプライチェーンマネジメント、マーケティング、R&D、データインテグリティ、人材育成の5つの機能別小委員会を運営。DX推進部が、事務局を担当している。
  • DXの取り組みについては、例えば、生活者のWeb上の行動や購買行動に関するビッグデータを分析することで、これまで経験豊かなマーケターでも気づけなかったことが見えてきた。アイデア次第で様々な新たなサービスを提供できるようになると考えている。
  • DXを担当する新卒採用については、主に化学やバイオを学んだドクターやマスターを対象としている。いまやデータを取り扱わなければ化学やバイオも研究できないので、データサイエンティストとしてもレベルが高く、実践的な能力を有している。
  • 外部からの採用と同時に社内でのDX人材の育成にも注力し、そのためのe-ラーニングの講座を開設。最新のITやデータハンドリングを学ぶと同時に、希望すれば、Python(パイソン)やR言語のプログラミングまで学べる研修プログラムを全社的に提供。
  • DXを進めるうえでの問題点の一つは、ITを知らなくても通用する組織風土が根強く残っていること。そのために、DXの意義や必要性が、行き届いていないように感じる。その結果、個々人のITリテラシーが低いままにとどまっているものと思われる。
  • もう一つの問題は、日本独特の夜間にバッチ処理により、オンライン処理に必要なデータベース設計やオブジェクト思考が発達していないこと。そのため、日本企業ではBPRが進まず、これがDXを進めるうえでの大きなネックになっているのではないか。
  • 味の素グループでは、以前よりテレワーク環境を整備してきており、コロナ過でもスムーズにテレワークに移行できた。しかし、すべてテレワーク化すると、仕事に必要なことだけしか、コミュニケーションを取らなくなる恐れがあり、行き過ぎると危険である。

本インタビューはe-Kansaiレポート2021にも掲載されています。

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