リーンスタートアップで“見える化”から始め、その先の「つながる工場」へ 【チトセ工業株式会社】
大阪府八尾市に工場を置くチトセ工業株式会社は、従来の主力事業だった金属プレス加工やブレージング(無酸化炉中ろう付け加工)と並ぶ、第3の新規事業として無線電子機器の設計・製造の分野に参入。2014年ごろから独自に開発したデータロガー「Logbee(ログビー)」の製造・販売に乗り出した。温度・湿度・照度などを計測・収集するデータロガーで、建設現場、製造現場、農業ハウスなどで使用されている。
また、2019年には、それまで東大阪市にあった工場に代えて、八尾市に新工場を建設して全面移転。「Cool Factory」と名づけられた新工場は、IoTのモデル工場をめざすとともに、中小企業の工場のイメージをくつがえす洗練されたデザインで、同社のブランディングのシンボルとなっている。 既存事業とまったく異なる「Logbee」の開発・製造・販売、そして「Cool Factory」でのDXの取り組みについて、事業開発部の岡進部長、改革推進室の中西進之輔室長、事業開発部の天野秀昭リーダーにお伺いした。
電子機器の専門技術者を採用して、独自製品の開発に着手
Q:初めに、御社の新規事業として開発・製造・販売されているデータロガー「Logbee」の特長を教えてください。
A:データロガーは各社から様々なタイプが出ていますが、そのなかにあって「Logbee」の特長は主に5つあります。
1つ目は、防水性能に優れていること。IP67という規格(水深1mに30分間つけていても耐えられる)に対応しているので、雨にさらされる屋外でも問題なく使えます。2つ目は、消費電力が非常に小さいこと。液晶モニターを省くなどシンプルな構造にしているので、普通に使えば、リチウム電池1個で約3年間メンテナンスなしで作動します。3つ目は、長距離の通信が可能であること。見通しが良ければ、親機と子機が約150m離れていてもデータが転送できます。シリーズ新機種「Haruca」の場合、見通しがよければ約10km離れていても通信可能です。また、親機と子機の間に中継機を設置することでさらに通信距離を延ばすことができます。4つ目は、アラーム機能があること。温度・湿度や熱中症指数(WBGT値)などについて、あらかじめ閾値を決めておくと、それを超えたときにアラームメールを飛ばし、トラブルを事前に防止できます。そして5つ目は、1台の親機につき30台の子機がつなげられること。
なかでも防水性能に優れていることや消費電力が小さいこと、長距離通信が可能なことは、他社製品と比べて大きな特長です。
Q:御社はもともと、金属加工業をメインとされてきました。データロガー「Logbee」の開発という未知の分野に挑戦したのは、どういった経緯からでしょうか。
A:多くの中小の下請けメーカーと同じように、当社もまた発注元のメーカーの影響を受けやすく、大きな課題を感じていました。実際、受けていた仕事を中国に持っていかれたこともあります。そこで、これも中小メーカーはどこも一緒だと同じだと思いますが、なんとか自社商品を開発し、独自に販売できないかと考えました。
そして2010年に、電子機器の設計を専門とする技術者を採用して事業開発部を発足させ、新規事業開発に着手しました。当初は既存の金属プレスとブレージングを活かした新製品の開発に取り組んだのですが、これは採算的に難しく断念しました。その後、同じく電子機器が得意な技術者をもう1名採用。新たに3人体制とし、2012年頃から大手企業の各種無線機器の受託開発などを手がけるようになりました。
転機となったのが、2013年にSCOAP(戦略的情報通信研究開発推進制度:国プロ)に参画し、三重大学と当社を含めた数社の企業で、センサネットワークを活用した植物工場における生産システムを共同開発したことです。農業用ハウス内で、温湿度管理するためのシステムです。この経験をもとに、2014年に「Logbee」を開発しました。
適切な市場と出会い、さらにデジタルマーケティングで売上が急増
Q:「Logbee」は、誕生後すぐに軌道に乗ったのですか。
A:いいえ、最初から好調だったわけではなく、2年ほどはまったく売れませんでした。当初は屋外で使用できる特長が生かせると考えて、農業分野を中心に売り込みました。行政の人的なサポートも受けながら販売が見込めそうな先をあちこちご紹介いただいたのですが、いっこうに売れませんでした。温湿度管理の必要な酒蔵やシイタケ農場、ミカン畑などにアプローチしましたが、いまから思えば、農業分野は時期尚早だったのかもしれません。
状況が好転するきっかけとなったのは、数少ない顧客の1社であった建設会社からのある一言です。その会社はコンクリートを打設したあと湿潤養生をする際、湿度計測に「Logbee」を使っていただいていました。従来、非常に手間のかかっていた湿度管理が省力化されたことから、「Logbee」の有用性を認めてくださったのだと思います。あるとき、「NETIS(新技術情報システム)に申請してはどうか」と勧めてくださったのです。
「NETIS」とは建設土木関連の新技術を登録しているデータベースで、国土交通省によって運営されています。公共工事の入札の際、「NETIS」に登録されている新技術を採り入れると加点対象となるため、「NETIS」への登録は販売の後押しになります。さっそく申請をして2016年に「Logbee」を登録したところ、多くの建設会社からコンスタントに発注していただけるようになったのです。今や「Logbee」の売上の40%を建設土木分野が占めるほどです。
Q:中小の下請けメーカーの多くも自社製品の開発に取り組まれていると思いますが、なかなかうまくいきません。御社もご苦労はあったようですが、こうして軌道に乗せることのできた成功要因はどこにあったのでしょうか?
A:既存の技術を生かして新製品を開発するというのがセオリーだと思いますが、先ほど申し上げたとおり、当社の場合それはうまくいきませんでした。
その一方で「Logbee」がうまくいったのは第一に、採用した2名の技術を生かした受託開発の仕事が、親しくしていた大手企業からコンスタントに受注できたからだと思います。それを下地として植物工場の生産システムの共同開発に参画でき、さらに「Logbee」の開発へとつながっていきました。優秀な技術者を2名も採用できたのは、リーマンショック後、大手各社が技術者を大量に放出した時期にあったからです。
第二の要因は、販路開拓に試行錯誤するなかで、「NETIS」に出会えたことです。運が良かったともいえますが、行政のコーディネーターの方からアドバイスをいただいたり、人脈を頼りに様々な業種にアプローチを繰返したりしたからこそ、出会えたのだと思います。
Q:成功要因をあげていただくとすれば、以上の2点でしょうか?
A:もう一つあります。2017年頃から自社Webサイトのコンテンツ拡充を図るとともにリスティング広告の運用やSNSでの情報発信など、デジタルマーケティングに注力したことです。トヨタやデンソーなど大手メーカーからも注文をいただくようになり、さらに売上を伸ばすことができました。現在は、売上のほとんどがWebサイト経由での販売です。
お客様からは「過酷な環境で使えるデータロガーを探していた」「いろいろ検索して当社のサイトにたどり着いた」などの声を聞くことがあります。潜在ニーズがあったことと、ニッチで特長のある商品だったことで検索対象になりやすく、Webサイト経由での販売に向いていたのだと思います。 現在は「Logbee」だけでなく、金属プレスやブレージングもインターネットで情報発信して問い合わせをいただくようになりました。当社の営業社員は、いきなり訪問営業するのではなく、お問い合わせをいただいた見込み客に提案に出向くようにしています。
工場や社内の様々な場所に「Logbee」を設置し、“見える化”が大きく前進
Q:話は変わりますが、2019年に建設した新工場に「Cool Factory」と名づけられたのは、どのようなお考えからでしょうか?
A:新工場の建設は、従来の工場の問題点を解決することと、当社のブランディングのシンボルにすることがねらいでした。情報を得るために他社の工場も見学させていただき、その結果生まれたのが「Cool Factory」というコンセプトです。
「Cool Factory」の条件は3点。「儲かる工場」「IT/IoT先進工場」そして「従業員に優しい工場」です。ブランディングのために外観・内装のデザイン性を追求すると同時に、働きやすく生産性の高い、いわゆるスマートファクトリーをめざしました。
Q:「Cool Factory」を実現したことで、どのような成果が上がりましたか?
A:大きく3つあります。まず1つ目は生産性を大幅に向上できたことです。旧工場は事業規模の拡大に伴い建物の増築や設備の増設を繰返していたため、工場内の動線にムダがたくさんありました。そこで新工場はレイアウトを合理的に設計して、動線を徹底的に最適化しました。2つ目は、人材採用面での成果です。「Cool Factory」の様子をSNSなどで積極的に発信することで応募者が増えて、2021年度には初の新卒社員を4名迎えられました。
そして3つ目は、「IT/IoT先進工場」として“見える化”が大きく前進したことです。工場や社内の様々な場所を「Haruca」で測定し、24時間遠隔監視しています。例えば、高温になる加熱炉の近くでは熱中症指数を管理し、製品検査を行う検査室では照度管理に使っています。プレス加工の材料となる銅は温湿度が高いと錆が発生したり、変色したりしますので倉庫内の温湿度を管理しています。また、会議室などでは二酸化炭素濃度を測定して、新型コロナウイルス対策の指標のひとつとしています。
これらに続いて社内で実証実験を進めているのが、プレス機の稼働状況の“見える化”を図る「Haruca Smart Press」です。
「見える工場」から「止まらない工場」、そして「つながる工場」へ
Q:「Haruca Smart Press」とはどんなものでしょうか。
A:プレス機ごとのショット数をセンサでカウントし、稼働状況をリアルタイムで遠隔監視するシステムです。時間単位のショット数や稼働率を現場や集中管理用のモニターに表示させることで、全社の生産性に対する意識が格段に高まりました。また、「Haruca Smart Press」の開発にあたり金属プレス加工の部門と無線電子機器の設計・製造の部門との連携が進んだことも大きな成果でした。
さらに現在は機械別、品種別、ロット別などで収集した累積ショット数をもとにさらなる生産性向上をめざすとともに、金型の寿命を推定しメンテナンス時期がくればアラームメールを飛ばす仕組みを開発しているところです。従来も手書きでショット数を記録し生産実績管理や金型のメンテナンス管理を行っていましたが、多種多様な金型のショット数をすべて手書きで記録することは不可能です。それに対して、このシステムが実現すれば手書きの手間が省け、また膨大なデータを収集して分析できるので、予防保全が適切に実施できるようになります。
Q:「Haruca Smart Press」の活用によって、どんな未来が開けるのでしょうか。
A:当社ではDX推進の段階を3つのステージでとらえています。1つ目のステージは「見える工場」、2つ目は「止まらない工場」、そして3つ目は「つながる工場」です。
1つ目の「見える工場」とは、稼働状況や生産実績などのデータを収集し、“見える化”する段階です。“見える化”すべき対象はまだまだあるものの、当社はこのステージには到達できました。2つ目の「止まらない工場」とは、蓄積したデータを活用して、自動化、設備の予防保全、歩留まり改善などを図る段階です。先ほど申し上げた、金型のメンテナンス時期をアラームで知らせるシステムは、2つ目の「止まらない工場」の段階のものです。当社は現在、このステージに移行中です。
そして3つ目の「つながる工場」とは、同業他社にも「Haruca Smart Press」を導入していただき、企業の枠を超えて蓄積したデータをクラウド上で共有し、導入企業全社で生産性を上げる段階です。工場だけでなく、将来はサプライチェーンに展開していくことも考えられます。また、企業の枠を超えなくても、全国各地に工場を複数持つ企業に「Haruca Smart Press」を導入していただき、全工場のデータを共有して生産性を上げることができれば、それも「つながる工場」だといえます。
Q:一企業の拠点間でも、企業間でも、「つながる工場」は構築できるということですね。
A:はい。中小メーカーでは人材不足が深刻です。そうした各社が「Haruca Smart Press」で連携していくことで設備や人材、ノウハウなどの資源を共有し、生産性を上げることができると考えています。例えば、各社でデータを共有すれば空いている設備が“見える化”できます。自社がフル稼働しているときには、空いている他社の設備を使えばいいわけです。自社データの公開に抵抗のある企業もあるかと思いますが、各社の連携を強めれば競争力も高まり、最終的に参画する企業全社が発展すると考えています。
また、発注元の大手メーカーもつながれば、貸与していただいている金型の稼働状況もリアルタイムでご覧いただけます。また、工程の進捗を見ていただくことで、電話やメールで納期を確認していただく手間も省けます。「つながる工場」のステージまでいけば、DXはかなり進んでいると思います。
リーンスタートアップ、つまり、小さく始めることがDXへの近道
Q:中小企業がDXを進める上で大切なポイントは何だと思われますか?
A:「DX」という言葉は、多くの中小企業には非常に高いハードルのように感じます。経済産業省の定義も中小企業にとってかなり高度な内容です。膨大な投資になりそうなイメージで、「DXは大変だ」と思っている経営者も多いでしょう。
しかし、中小企業の場合は最初から大上段に構えるのではなく、お金のあまりかからない身近なところの“見える化”から着手することがDXへの近道です。そのために、まずはアナログデータのデジタル化から始めることが第一歩です。その先にDXの取り組みが生まれるものだと考えます。当社の場合も、旧工場の時代から少しずつデータ取りを始めていました。当時はDXという言葉はありませんでしたが、そのときからDXの第一歩を踏みだしていたのだと、いまになって思います。
当社では各種の“見える化”ツールのほか、紙の掲示物の代わりにデジタルサイネージを設置したり、全社員のコミュニケーションツールとしてグループウェアを導入したりしています。いずれも簡単に始められることです。とくにグループウェアは導入に費用がかからないサービスが多くあるうえに、社員間の連絡やスケジュール確認などに非常に役立っています。
多くの方はご存じだと思いますが、小さなことから始め、検証を重ねてブラッシュアップしていく手法を「リーンスタートアップ」といいます。当社がアナログデータのデジタル化や“見える化”から始め、一歩ずつ「つながる工場」をめざしているプロセスは、まさに「リーンスタートアップ」です。中小企業がDXを進めるのに、「リーンスタートアップ」は非常に適した方法です。
まとめ
- チトセ工業は、従来の主力事業だった金属プレス加工やブレージング加工に並ぶ、第3の新規事業として無線電子機器の設計・製造の分野に参入。2014年ごろから独自に開発したデータロガー「Logbee(ログビー)」の製造・販売に乗り出した。
- データロガーという、チトセ工業にとって未知の分野の新製品開発に成功したのは、中途採用した電子機器を専門とする技術者の技術力によるところが大きい。
- 大きな転機はSCOAPに参画して植物工場における生産システムを共同開発したことと、「NETIS」に登録したこと。いずれも行政の人的サポートを受けたり、人脈を頼りに様々な業種にアプローチを繰返したりしたからこそ、その機会に巡り合えたものと思う。
- 「Logbee」はその後、デジタルマーケティングで売り上げを伸ばした。潜在ニーズがあったことと、ニッチで特長のある商品だったことで検索対象になりやすく、リスティング広告に向いていたからだと思われる。
- チトセ工業ではDX推進の段階を「見える工場」「止まらない工場」「つながる工場」の3つのステージでとらえている。稼働状況や生産実績などを“見える化”する「見える工場」の段階にはすでに到達した。
- 現在、「Haruca Smart Press」のように、蓄積したデータをもとに自動化、設備の予防保全、歩留まり改善などを図る「止まらない工場」への移行中にある。今後、「Haruca Smart Press」で企業連携を図ることで「つながる工場」をめざす。
- 「DX」は非常に高いハードルのように感じられるが、最初から大上段に構えるのではなく、身近なところの“見える化”から始め、検証を重ねてブラッシュアップしていく「リーンスタートアップ」が、中小企業がDXを進めるのに非常に適した方法である。
チトセ工業株式会社
代表者 | 代表取締役 中西 啓文 |
創業年月日 | 1962年6月10日 |
資本金 | 3,000万円 |
営業品目 | ■金属プレス加工 金型設計製作/金属プレス加工/板金加工 ■無酸化炉中ろう付け加工 各種ろう付け加工/はんだ付け加工/光輝焼鈍 ■無線電子機器設計製造 防水無線データロガー “Logbee” (温度・湿度・照度・CO2) |
所在地 | 〒581-0852 大阪府八尾市西高安町5丁目3番 |
WEBページ | チトセ工業株式会社 https://www.chitose-kk.co.jp/ 防水ワイヤレス温度・湿度・照度データロガー Logbee(ログビー) https://www.chitose-kk.co.jp/logbee/product/ |