多くの課題に優先順位を決めて取り組み、一歩ずつ成果を上げるDX【株式会社あめりか屋】
株式会社あめりか屋は、来年、創業100周年を迎える京都の建設会社だ。明治42年、渡米経験のあった創業者が日本の気候風土に合った洋風住宅を販売。その斬新な和洋折衷のスタイルは政財界の要人の間で評判になり一世を風靡した。そして、太平洋戦争、戦後の混乱、高度経済成長、バブル景気、平成不況、リーマンショックなど、さまざまな時代の変化の中で、住宅からビルやマンションの建設、そしてリフォーム工事などへと事業を拡大。常に古いものを大切にしながら新しさを求める「古くて新しい会社」であり続けてきた。そして4代目社長にあたる山本英夫さんは「新しくて古い会社」に変革していきたいと展望を語る。
2011年に社長就任後、さまざまな施策を打ってきた山本さん。そのひとつにIT化の取り組みがある。職人気質が根強い、京都の老舗の建設会社で業務のIT化を進めることは、生産性という点では理解されるものの、現場の戸惑いや反発も強かったと想像できる。その中で山本社長はどのようにIT化を進めていったのか?そのトライ&エラーはDXの取組を考える中小企業の方の大きなヒントになり得る。
今回は、株式会社あめりか屋代表取締役の山本英夫さんと営業部の笛吹(うすい)麻実さんにIT化のきっかけや狙い、そして定着、浸透させていった取り組みなどをお伺いした。
IT化が思うように進まなかったため、IT化推進委員会を発足
Q/まずIT化やDXに取り組もうとしたきっかけからお伺いいたします。
A/2018年に顧客情報を共有する仕組みをつくったのが最初でした。建設業界は、大手は別にして、当社のような中小企業はIT化やDXが遅れています。数年前までは、ほとんど電話とファックス、メールのやり取りでした。社員全員で顧客情報を管理したり、共有する仕組みもなかったので、現場にいる社員が顧客のことを知りたければ、いちいち本社の受付へ電話で確認するのが常でした。スマートフォンやiPadで顧客情報を確認できればスピードアップも図れるし、生産性も上がると考えて、情報共有の仕組みを構築したのです。
Q/その情報共有の仕組みはどのようなものだったのですか?
A/クラウド上で顧客情報を管理して、IDとパスワードを入力すればどこからでもアクセスできる仕組みです。社員にはパソコンを配布していたので、そこからアクセスはできるのですが、面倒だとか、ややこしいとかで、あまり活用されませんでした。携帯電話の方が早いじゃないかというのは年配の社員に多かったですね。
そうこうしているうちに、2020年春から新型コロナウイルスの感染が広がりだし、緊急事態宣言も出されて、いよいよ仕事の進め方を変革しなければならないとう危機感を持ちました。それには、やはり全社的にITを普及させることが欠かせません。そこで、2020年5月にIT化推進委員会を立ち上げ、本格的に取り組むことにしたのです。
若手メンバーと専門家のチカラで、ITリテラシーの低さを克服
Q/なるほど。では危機感から発足したIT化推進委員会についてお伺いします。どのようなメンバーで構成されたのですか?
A/ITにあまり抵抗のない若手中心に選定しました。リーダーは営業職の38歳。サブリーダーは25歳です。営業から女性社員にも参加してもらいました。彼女は大学を出て2年目です。限られた人員の中で、この人選はベストだったと思います。そこに社外講師として、外部の専門家1名に参加していただきました。当社の協力会社におられる方です。ITに詳しいので、10年ほど前に一度、協力会社で組織する安全協力会の総会で、講師を務めていただいたこともあります。
私がIT化推進委員会を立ち上げる前、危機感を抱いていたときに、ちょうどその方から「これからはIT化を進めないと働き方改革や人材不足で大変ですよ」というお話をいただきました。そんなご縁もあって、本格的に取り組もうと決めたのです。当社のようなITリテラシーが低い企業にとって、やはり専門家のチカラは不可欠です。講師の方とは業務契約を交わし、以来、当社のIT化推進の指導をしていただいています。
Q/ありがとうございます。では、IT化推進委員会を立ち上げてからの進捗を教えてください。
A/取り組まなければならない課題がたくさんありましたので、IT化推進委員会が中心となって課題を洗い出し、それらの課題に優先順位をつけて「松」「竹」「梅」に分類しました。
「松」は真っ先に取り組まなければならない、主にハード面の整備です。まず社員全員にスマートフォンを、半分の社員にはiPadを配布しました。社内のパソコンもノート型から大きな画面のマルチモニターに変えて、処理速度が速くなるようにハードディクスからSSD(ソリッド・ステート・ドライブ)に変更しました。また、Google Driveを使って、パソコン、iPad、スマートフォンのすべてのファイルを同期させて、情報共有を進めました。現場を管理するためにWebカメラを導入しましたが、これは現場からの要望です。そのほか、本社のネット環境も改善しました。当社はWi-Fiを使っているのですが、サーバにアクセスするパスワードとお客さま用のパスワードを分けて、セキュリティアップを図りました。
こうしたハード面の整備と並行して、社内のITリテラシーを高めるため、2020年に就任した役員と若手社員が一緒に受講するIT研修会を今までに5回ほど実施し、今後も四半期ごとに定期的に開催していく予定です。
Q/課題を優先順に「松」「竹」「梅」に分類されたのは面白いですね。「松」に続いて「竹」「梅」もお聞かせいただけませんか。
A/主にハードを整えたのが「松」の取り組みでしたが、その上に様々なソフトを搭載していったのが「竹」の取り組みです。
なかでも進んでいるのは、チャットによるコミュニケーションです。チャットツールにはSlackを採用しました。Skype と違ってSlackは現場ごとやプロジェクトごとにチームを分けることができて非常に便利です。全社員を一つのチームにして、会社からの伝達事項を一斉に流すこともできます。受け取った社員が「承知しました」とリアクションするのも簡単なので、誰が確認したかもわかります。リアクションのない社員には催促もできます。これで情報伝達が徹底されるようになりました。
また、勤怠管理のIT化も実現しました。タイムレコーダーの代わりをスマートフォンで行っています。本社でも現場でもタップするだけで業務の開始や終了が自動的に記録されます。勤怠情報はクラウド上で管理されるようになっています。
リモート環境の整備も「竹」で取り組んできたことです。NTTのマジックコネクトを採用し、現在、産休に入っている社員には在宅勤務をしてもらっています。また、Zoomを導入して、現場から会社に戻れない社員はiPadでZoom会議に参加できるようにしました。どうしても参加できなかった場合には、レコーディングした映像をあとで見てもらっています。
こうした様々なシステムやITツールを選定・導入する際には、講師にアドバイスをいただいています。
協力会社にはメリットを訴求してIT化を推奨
Q/「様々な」とおっしゃいましたので、ほかにも導入されたシステムやITツールもあるのですね?
A/はい、大きな成果が上がっているのは、「蔵衛門」という現場写真の管理システムです。スマートフォンで撮った多数の現場写真をその場でGoogle Driveにアップしておけば、本社に戻ってからその日のうちに簡単に整理できます。現場事務所の黒板も一緒に撮っておけば、どの現場のいつの写真であるかの記録にもなります。従来は現場写真を撮るだけ撮ってため込んでしまうことが多く、後からの整理作業が大変でした。「蔵衛門」のおかげで非常に効率的に現場写真の管理ができるようになりました。
現場写真を共有することは、施工事例としても参考になりますし、安全パトロールの反省会にも使えます。ですので、現場写真を効率よく管理することは、生産性を上げるだけでなく、仕事の品質向上や安全性向上にも役立っています。
Q/これから取り組まれる課題には、どのようなものがありますか?
A/現在、導入を進めているのが「かんたんクラウド」によるファイル共有の仕組みと建設キャリアアップシステム(CCUS)です。CCUSとは国土交通省が推進している仕組みで、技能者の保有資格や就業履歴、社会保険加入状況などを登録・蓄積して、技能者の処遇の改善や技能の研鑽、建築会社の業務負担の軽減を図るものです。
その一方で、クラウドの整理が必要な時期にきています。現在、Google Drive、かんたんクラウド、現場で使っているNASサーバの3つのクラウド上にデータが分散されているので、その整理が必要となってきました。
さらに大きな課題として、営業報告のIT化があります。いまのところ、営業報告書はサーバに置いて、誰でも見れるようにはしていますが、わざわざ見にいかなければなりません。今後はそれを配信できるようにしたいので、どのようなフォーマットと配信方法がいいのか模索しているところです。
ここまでは「竹」の課題ですが、その次の「梅」にあげている課題には、現場事務所のネット環境の整備やZoomを活用したプレゼン、現場のWebマップ表示などがあります。個人的にはドローンをうまく活用したいですね。建築中の写真をドローンで撮影してお客さまに届けて、安心と満足を届けたいんです。
Q/協力会社やお客さま、つまり、外部とのやりとりに変化はありますか?
A/2021年10月から、協力会社との電子契約を開始しました。電子契約だとクラウドで管理できるので、必要な時にすぐ取り出すことができます。ただ、IT化に取り組んでいない協力会社もあるので、従来の紙でのやり取りを希望される場合は「電子契約に切り替えると印紙代が浮きますよ」とメリットを伝えて推奨しています。
お客さまとのやり取りについては、専用のIDとパスワードをお渡し、当社のホームページにアクセスして現場の進捗を確認していただけるサービスを始めました。こちらは顧客満足向上の一環となっています。
一気に行うのは混乱のもと。順序を決めて一つずつ取り組んでいく。
Q/DXは順調に進んでいるようですが、その要因はどこにあったと思いますか?
A/主な要因は3つ考えられます。
第一に、いろんなことを一挙に進めなかったこと。「松」「竹」「梅」の順に一つずつ進めてきたのが良かったと思っています。あれもこれもと欲張ると、社員が混乱してたでしょうね。それでなくても当社はITリテラシーが低いので、なおのことです。iPadを配布しても、最初、見向きもしなかった年配の社員が、まわりの者が便利そうに使っているのを見て使い出しています。手応えがあると社員も変わってきます。そんな光景を見ると時間はかかるけれど、優先順位をつけ着実に行ってよかったなと思います。
第二に、新型コロナウイルスの蔓延です。IT化推進委員会を立ち上げたのが2020年5月ですから、第1回目の緊急事態宣言の頃です。いままでの仕事のやり方を変えなければいけないと、会社全体の空気がそうなっていきました。
第三に、ITツールの使い方がわからない場合、IT化推進委員会が問い合わせ窓口になるという体制を確立したことです。以前、顧客情報を共有化した際は、うまく操作できなかったときに、教えてくれる人がいない状態でした。新しい仕組みを使わずに、いままでどおり携帯電話で済ませたのは、問い合わせ窓口がなかったせいもあります。
しかし、現在はIT化推進委員会のメンバーに聞けばいいし、メンバーでも調べてわからないことがあれば、講師に問い合わせています。わからないことを質問できる環境を用意しておくことが重要だと思います。
Q/御社の取り組みをお聞きすると、IT化やDXも大きな企業だけの特権ではないと思えます。
A/私もかつてはDXなんて大企業だけのものという意識はありました。しかし、そんな大仰に考えるのではなく、生産性を上げたり、働く環境を整備したりするには、ITは大きな武器になるので、使えるものから使っていこうというスタンスで取り組んでいます。
建設業界には人材確保という課題があります。人が集まらない。おのずから高齢化していく。働き方改革も定着して、昔のように徹夜してでも仕事をこなすというわけにはいきません。効率よく仕事をできなければ人は集まらないし、仕事もこなせません。ですので、DXは中小の建設会社にとって、生き残っていくための有効な手段です。
若手社員が動きだしたので次は所長クラスです。今年からIT化推進委員会の打合せに現場所長を順にゲスト参加してもらいます。これまではIT化推進委員会の若手社員が主導していましたが、今後はそれに加えて、現場からの意見をどんどん出してもらうつもりです。やはり、課題は現場にありますから。それをIT化推進委員会で揉んで解決の道を探っていく。課題はたくさんありますが、これからも優先順位を決めて取り組み、成果を一つひとつ積み上げていきたいと考えています。それが当社のDXです。
まとめ
- あめりか屋は、新型コロナウイルスの感染拡大により、IT化を進めて仕事のやり方を変えなければならないとの危機感をもったことがきっかけで、若手社員と専門家からなるIT化推進委員会を発足した。
- 課題はたくさんあったため、IT化推進委員会が中心となって課題を洗い出し、それらの課題に優先順位をつけて「松」「竹」「梅」に分類。ハードの整備からソフトの導入へと優先順に一つずつIT化を進めていった。
- DXが順調に進んでいる要因の一つは、いろんなことを一挙に進めず、「松」「竹」「梅」の順に一つずつ進めてきたこと。さらに、新型コロナウイルスの蔓延により、これまでの仕事のやり方を変えなければいけないと、会社全体の空気がそうなっていった。
- iPadを配布しても、最初、見向きもしなかった年配の社員が、まわりの者が便利そうに使っているのを見て使い出している。手応えがあると社員も変わる。そんな光景を見ると時間はかかるけれど、優先順位をつけ着実に行ってよかったなと思う。
- もう一つの要因は、ITツールの使い方がわからない場合、IT化推進委員会が問い合わせ窓口になるという体制を確立したこと。わからないことを質問できる環境を用意しておくことが重要である。
- 建設業界には人材確保という課題がある。人が集まらない。おのずから高齢化していく。働き方改革も定着して、効率よく仕事をできなければ人は集まらないし、仕事もこなせない。だから、DXは中小の建設会社にとって、生き残っていくための有効な手段だ。
- これまでは若手社員が主導していたが、今後は現場所長にも参加してもらい、現場からの意見をどんどん出してもらうつもりだ。課題は多いが、これからも優先順位を決めて取り組み、成果を一つひとつ積み上げていきたい。それがあめりか屋のDXである。
企業情報
企業名 | 株式会社あめりか屋 |
所在地 | 〒606-0804 京都府京都市左京区下鴨松原町20番地 |
設立 | 昭和23年6月 |
創業 | 大正12年10月 |
資本金 | 3,000万円 |
代表者 | 代表取締役 山本英夫 |
社員数 | 30名 |
WEBサイト | https://www.americaya.com/ |