
最新技術を学ぶことから生まれる、業務革新に向けた新しい発想【中央復建コンサルタンツ株式会社】
中央復建コンサルタンツ株式会社は、鉄道・道路・橋梁などの社会基盤の建設・整備やまちづくりの総合建設コンサルタントとして、計画・設計、維持管理、地盤の調査・解析、環境影響評価などを手がける会社である。設立は1946年と古く、同業他社のなかにあって長い歴史を誇る。
建設業界では、2000年代に入り三次元CADが徐々に広がりだし、その後も様々な新しい技術が登場して、仕事のやり方が大きく変わりつつある。中央復建コンサルタンツは、こうした新技術に対応するため、新規事業グループを発足。同じ時期、同社の主要な得意先である国土交通省も「i-Construction」や「インフラDX」といった旗を掲げて積極的にIT化を推進した。その追い風を受けて、新規事業グループの役割が増し、現在のICT戦略室へと発展した。
中央復建コンサルタンツは現在、どのようなDXに取り組んでいるのか。今後、自社の社会的役割をまっとうするために、DXはどのような役割を果たすことになるのか。同社のICT戦略室室 森博昭さんと総合技術本部社会インフラマネジメントセンターのセンター長 新田耕司さんにお話をおうかがいした。
目次
営業社員やマネージャーも含め、6割以上の社員が三次元CADの研修を受講
御社のDXの取り組みにおいて、ICT戦略室はどのような役割を担っていらっしゃるのですか?
2000年代に入り、建設業界の仕事の環境が大きく変わりました。その筆頭が三次元CADの登場です。当社も新技術を積極的に採り入れないと競争に勝てないとの危機感から、2007年にトップダウンで三次元CADを導入しました。
当社にはそれ以前から、社内のITインフラの整備・運用を担当する情報マネジメント室という部署が管理総務本部の中にあります。現在も同じ役割を担っています。しかし、三次元CADの導入に際して、同じIT分野とはいえ、既存のITとはビジネスにおける位置づけが大きく異なるため、別組織で扱ったほうがいいと考えて、新しく設置された新規事業グループで取り組むこととしました。それがその後、ICT戦略室に改組されて現在に至っています。 ICT戦略室は現在、5名の体制で、大きな役割の一つとしてDX人材の教育を進めています。
具体的にどのようなDX人材の教育を行っているのですか?
大きく分けて「作る人」に向けた研修と「使う人」に向けた研修を行っています。
「作る人」というのは、図面を作成したり、三次元のモデルをつくったり、解析したり、計測したりする人。つまり、様々なITツールを操作する人ですね。現在の建設業界は、三次元CADにとどまらず、VR、AR、MRや点群データ、ドローンなど、次々と新しい技術が誕生・進化しています。「作る人」はそういった新技術を学ぶことが必須ですので、研修が重要なことはいうまでもありません。
一方の「使う人」とは、マネージャークラスや営業社員など、ITツールを直接操作する機会の少ない人をいいます。ITツールの操作は「作る人」に任せ、その「作る人」に指示を与えるなど、「作る人」を使う側の人のことです。そういった人たちにも、ITツールについて学んでもらっています。
ITツールを直接操作しない「使う人」が、なぜ、研修を受けるのですか?
直接操作をしなくてもITの基本的な素養を身につけることで、様々なメリットが生まれるからです。まず、お客様に対する説得力が増します。また、「作る人」に仕事を回すときも外注に出すときも、基本を知っているか知らないかで、的確な指示が出せるかどうかが大きく違ってきます。さらに、新しい技術を学ぶことで、日々の仕事の進め方を見直すための新たな発想が生まれます。これが一番大事なDXリテラシーだと考えています。
ですので、当社ではコア技術である三次元CADの研修を、職種を問わず全社員に受講してもらっています。新入社員にも全員に受講してもらっています。とくに新入社員には、自身が三次元CADを操作するかどうかを問わず、三次元が当たり前だと思える「3Dネイティブ」として活躍してほしいと思っています。
それを2009年から毎年、実施してきましたので(注1)、2021年時点で321名の社員が三次元CADの研修を済ませました。500名強の社員の約6割にあたります。これだけの人数、割合で三次元CADを学んでいるのは業界でも珍しいと自負しています。しかも、外部から講師を招くのではなく、社員が講師をしていることも、当社の大きな特徴になっています。
(注1)2020年度だけは新型コロナ感染拡大のため2021年度に延期
MRを使うことで劇的に伝わりやすくなり、間違いやトラブルも減少
具体的にどのようなDXに取り組み、どのような成果が上がっているかをお聞かせいただけませんか。
真っ先に思いつくのは、Web会議ですね。これで大きく仕事のやり方が変わりました。DXの一丁目一番地だと思います。でも、Web会議は多くの企業で実施されていると思いますので、数ある事例の中から総合建設コンサルタントならではの事例を2つご紹介しましょう。
一つがMR(Mixed Reality、複合現実)です。肉眼で見えている目の前の風景をタブレットやスマートフォンのディスプレイ越しに見ると、3Dで作ったモデルがリアルな風景に重なって、まるでそこにあるかのように見える技術です。
例えば、まだ工事の始まっていない橋梁の建設予定地に出向いて、橋梁のできる予定の空間にタブレットをかざして見ると、ディスプレイには実際の風景に重なって完成した橋梁のモデルが立体的に見えます。かざしたまま移動すると、視点の移動に合わせて橋梁の見え方も追随して変化します。しかも、その動画を高速通信で送ることで、現地に行かない人も橋梁の完成した風景を一緒に見ることができます。このほかにも、テーブルの上に500分の1の地図を広げ、タブレットをかざして見ると、高速道路の完成した姿が500分の1の縮尺でその地図上に立体的に表示されるという使い方もあります。
この技術のおかげで、お客様に完成形をリアルに伝えることができるようになりました。従来、設計図面では一般のお客様にはわからないため、完成した姿をパース図に描くか、実際に立体の模型を作るしかありませんでした。パース図はあくまでも静的な平面図にすぎず、模型を作るのは手間とコストがかかります。その点、MRは三次元CADで設計したデータを使ってモデルを表示できるため、簡単にお客様に見せることができ、お客様にもわかりやすいとたいへん喜んでいただいています。
また、設計者、建設技術者であれば、設計図を何種類も見ることで、完成形を想像できるのですが、プロであっても間違って想像することはありました。MRを使えばそれがなくなり、設計ミスやトラブルが大幅に減少しました。
続いて、もう一つの事例をお聞かせいただけませんか。
はい、もう一つは、建設業界に特化した技術ではなく、日常的に普及しているQRコードです。これまでは例えば、お客様に3Dモデルを見ていただくには、閲覧用の専用ソフトをインストールしていただかなくてはならず、ひと手間が必要でした。苦手な人は、インストールだけでも億劫なものです。また、専用ソフトによっては、高性能なパソコンが必要でした。いずれも3Dモデルを閲覧するときのハードルになっていました。
しかし、スマートフォンでQRコードからアクセスすれば、クラウド上の3Dモデルを簡単に見ることができます。先のMRと並んで、お客様にたいへんご好評いただいている技術です。 DXの成果はこの2つの事例だけでなく、ほかにもありますが、ただし、その一方で新技術をまだ十分に活用しきれていないという状況もあります。
社員が持てる能力を発揮できるよう、既存のやり方を変革することが今後の課題
今後、もっと新技術を活用し、DXを進めていくには、どのような課題がありますか?
総務省の情報通信白書によると、多くの企業でIT人材が不足しているようですが、同時に、不足しているのではなくて、高いリテラシーがうまく引き出せていないとも報告されています。その原因は、昔ながらの仕事のやり方から脱却できていないからです。
とくに当社は、同業他社の中ではもっとも歴史のある会社なので、業界に先駆けて作ってきた多くの仕組みが古くなってきました。それを変革していくことが今後の課題です。なかでも今、全社を挙げて取り組んでいるのは、基幹システムの全面更改です。先ほど申しあげたとおり、新たな発想を育んでもらうために、マネージャークラスや営業社員に対してDX教育を行っているのも同じ目的です。
また、新しい技術やITツールを社内に周知徹底していくことも重要だと考え、ICT戦略室では、社内広報用のチラシを発行しています。
かつて現場の測量は、専門の測量士の仕事でした。その後、点群データの取得が従来の測量に替わり効率的になったものの、大型で高価なレーザースキャナーを現場に持ち込まなければなりません。コンベックスなどを使って簡便に測る方法もありますが、交通量の多い場所では危険が伴いますし、数字の読み間違いも生じます。ところが、最近、スマートフォンをかざすだけで点群データが取得できるツールができました。3Dデータとして記録もできます。こういう新技術は社内ですぐに共有することが重要です。そのために、写真を多用して文字を極力少なくした、視覚的に訴えるチラシを定期的に配布しています。
国土交通省や自治体の評価点向上にも見ることができるDXの成果
御社では、DXの成果をどのような指標で評価されているのでしょうか?
DXの評価指標をどうするかは難しいですね。国土交通省も指標の設定に苦労されているようです。当社もまだ確たる指標を持っていませんし、このツールを導入した結果、これだけの工数が削減できたといった個別のデータは取れていません。
しかし、確実に成果が上がっていることは間違いありません。残業時間が減っていることは定量的に示されていますし、仕事上のミスやトラブルも減少しています。その結果、会社全体の業績も上がっています。
DXの評価指標というわけではありませんが、当社は、国土交通省や自治体の評価点を一定以上確保することを目標にしています。その目標を達成するためには、品質向上、工程厳守、円滑なコミュニケーションなどが求められます。それらを満足させるには、いまや3Dデータやコミュニケーションツールは欠かせません。そういう意味で、評価点の向上にもDXの成果を見ることができるといえます。
御社は、社会インフラを支えるという大きな社会的役割を果たされてきた会社です。今後もその役割をまっとうするために、DXにはどのような役割を果たすことになるでしょうか?
当社の経営理念は「社会資本の整備に関するコンサルティングを通して、市民生活の向上、自然環境の保全、国民経済の発展に資すること」です。そして、DXはその理念を実践するためのあくまでも道具です。 言うまでもありませんが、最新の技術を採り入れることは目的ではありません。まず、自社は何をめざしているのか、あるいは、その仕事の目的は何であるのか。そこから出発し、その目的を達成するには、どのような技術が適切なのかを考えるという順になります。したがって、必ずしも「最新」である必要はありません。むしろ、身近にある技術であろうが、最新の技術であろうが、それを活用することによって革新を起こし、その結果、めざすべき目的、自社の社会的役割を果たしていくことが重要だと考えます。
まとめ
- 中央復建コンサルタンツは、鉄道・道路・橋梁などの社会基盤の建設・整備やまちづくりの総合建設コンサルタントとして、計画・設計、維持管理、地盤の調査・解析、環境影響評価などを手がける会社である。
- 建設業界では、2000年代に入り三次元CADをはじめとする様々な新しい技術が登場して、仕事のやり方が大きく変わりつつある。同社は、こうした新技術に対応するため、新たに設置された新規事業グループで取り組むこととなり、その後、現在のICT戦略室へと発展した。
- 同社では、マネージャーや営業社員など三次元CADを直接操作する機会の少ない社員も三次元CADの研修を受講している。新しい技術を学ぶことで、日々の仕事の進め方を見直すための新たな発想が生まれるからだ。これが一番大事なDXリテラシーだと考える。
- 同社のDXの取り組みの代表例の一つがMR。この技術によって、お客様に完成形をリアルに伝えることができるようになるとともに、設計者、建設技術者の間でもMRを使うことで、設計ミスやトラブルが大幅に減少した。
- もう一つ代表的な事例はQRコードの活用。例えば、3Dモデルを見ていただく際、スマートフォンでQRコードからアクセスすれば、閲覧用の専用ソフトがなくてもクラウド上の3Dモデルを簡単に見ることができるので、お客様にたいへん好評である。
- 新技術をまだ十分に活用しきれていないのは、昔ながらの仕事のやり方から脱却できていないからだ。したがって、社員が持てる能力を発揮できるようにするために、既存のやり方を変革することが今後の課題である。
- また、新しい技術やITツールを社内に周知徹底していくことも重要だと考え、ICT戦略室では、社内広報用のチラシを発行している。
- DXの成果の評価指標を設定するのは難しい。しかし、確実に成果が上がっていることは間違いない。残業時間が減り、仕事上のミスやトラブルも減少。その結果、会社全体の業績も上がっている。また、国土交通省や自治体の評価点向上にも寄与している。
- 言うまでもないが、最新の技術を採り入れることは目的ではない。まず、自社は何をめざしているのか、あるいは、その仕事の目的は何であるのか。そこから出発し、その目的を達成するには、どのような技術が適切なのかを考えることが重要である。