システム基盤の整備が完了し、いよいよ攻めと守りのDXがスタート【鴻池運輸株式会社】
鴻池運輸株式会社の事業は主に複合ソリューション事業、国内物流事業、国際物流事業の3つに分けられるが、その事業内容は非常に多岐にわたる。鴻池運輸は1880年に大阪の傳法(でんぽう)、現在の大阪市此花区にて労務供給業・運輸業を開始したことに始まる。1900年には鉄鋼の工場構内荷役、運搬作業を開始し、1945年に鴻池運輸株式会社を設立。設立後は、国内において倉庫業、海上輸送、請負事業等を展開、さらには海外にも積極的に進出していくことで事業を拡大してきた。2013年には東証一部に株式上場も行い、現在はプライム市場へ移行している。事業は、製造業界向け・サービス業界向けに展開する請負サービスと、グローバルネットワークを生かした物流サービスを二本柱とする。物流の枠を超え、製造、医療、空港業務などを通じ、社会課題の解決と革新に挑戦し続ける、プロフェッショナルサービス集団としてお客様のあらゆるニーズに対応している。
鴻池運輸がDXに本格的に取り組み始めたのは2018年。ICT担当役員を外部から招き、ICTの組織を刷新。また同年7月には、ICT関連子会社KITS社を設立している。その後、2020年4月にICT推進本部のなかにデジタルトランスフォーメーション推進部が発足。同部の部長である佐藤雅哉さんも2018年にICT部門へ入社したひとりである。佐藤部長に鴻池運輸の現在のDXの取り組みを中心に、直面する課題などについて伺った。
目次
インフラやネットワークなどシステム基盤の整備からDXをスタート
御社のDXの取り組みは、いつ頃からどのように進められていますか?
本格的に取り組み始めたのは2018年からだと考えています。その年に新たなICT担当役員が着任し、それと共にICTの組織が刷新されて、DXに向けてICTとしての中期3か年計画がスタートしました。私はその年の7月に鴻池運輸に入社しています。その後、2020年4月にICT推進本部の中にデジタルトランスフォーメーション推進部が新設されました。
デジタルトランスフォーメーション推進部は、名前こそDXと部門名がついていますが、よくある企業において全社組織横断的にDXを推進する部門ではありません。冒頭の概要にもありますが、当社は様々な業種・業界において多種多様な事業を行っています。鉄鋼関連、食品関連、生活関連、メディカル関連、空港関連、海外関連など、複数の事業ごとにそれぞれ独自性がありますので、それを1部門が推進役となって、横断的にDXを進めることは不可能です。一気通貫で進めるには、人員も足りませんし、なにより業種のバリエーションが多すぎます。
では、デジタルトランスフォーメーション推進部の役割は何かといえば、主に個々の事業部門がDXを進めるための基盤の整備、つまりは、インフラ、ネットワーク、セキュリティ、コミュニケーションツールの展開などを主担当領域としています。DX推進自体は各事業部門がそれぞれに進めている状況です。
基盤の整備という基本から始められたのですね。
DXを進める上で最初の課題となったのが、ICTの土台となるインフラ基盤でした。激しく変化する外部環境の中で、2018年時点のICTの状況といえば、システムは基本的にデータセンターに設置され、個別のレガシーシステムが乱立していました。ネットワークも社内に勤務することを前提とした、境界防御モデルの閉鎖型ネットワークなどで、おそらく以前は、適時外部ベンダに頼って様々なシステム導入を行ってきたのだと思います。一概にそれが悪いとは言えませんが、結果として現在ではDXを推進することが難しい環境になっていたという事実があります。
この様な状況下では、時代の流れやビジネスの環境変化、また、急速に進化するデジタル環境にはついていけないと考え、当社の事業変革を遂げるために、中期ICT計画の中で、クラウドファースト戦略を掲げ、一気にシステム基盤の再構築、ITインフラの全面クラウド化へと軸を変える決断をしています。
また、セキュリティに関しても、境界防御モデルでその境界であるゲートウェイを守っていれば良いという考えでしたが、実際には社員はスマートフォンやタブレットを持ち歩き、それがゲートウェイを経由していなかったため、守り切れていない状況などもあり、セキュリティも全面的に見直しています。
製鉄所でドローンが活躍するなど、少しずつ成果をあげつつあるDX
DXの成果はあがっていますか?
2018年からのICTの中期3か年計画では基盤整備を中心に取り組んできたので、だいたいのカタチは出来上がっています。また、この基盤整備とは別に、2021年3月、品川に鴻池技術研究所イノベーションセンターを開設し、AMRや自動フォークリフトなど新技術の実験・検証も行っています。これらと並行して各事業部門もDXに取り組み始めており、徐々に成果が出てきています。
例えば、鉄鋼事業のドローン活用です。鉄鋼の現場において、これまで目視測量であったものを、ドローンの活用により、精度向上や作業負荷軽減ができています。また、原料搬送コンベヤ点検作業では、赤外線カメラを搭載したドローン活用で、外観や音異常にかかわらず、コンベヤ全体を網羅することができ、異常が顕在化する前の早期検知に成功しています。これらは作業時間の大幅な短縮に加え、精度や点検頻度の向上につながっています。
先ほど、事業横断的に取り組むのは難しいとおっしゃいましたが、事業部門を超えて横連携をした例はまだありませんか?
厳密に言えば事業部門を超えた連携とは言えないかもしれませんが、ある事業部門内で現場の生産性を上げるために、事業部門、現場拠点、ICTが連携して進めている案件があります。現在は2拠点を対象としていますが、横展開可能な仕組みを構築すべく進めています。
ITリテラシー以上に、ICTを活用して課題解決へとつなぐ基礎知識とセンスが重要
新しい取り組みを行うには新しい技術やノウハウが必要です。その確保はどのようにされているのでしょうか?
新しい技術は自らが探してきたりもしますが、基本的にはノウハウ含めて、システムベンダなどの専門のパートナー企業にお願いしているというのが実情です。内製化は理想ではあるけれど、いかんせん人材がいない。採用も思うようにいかない。反面、まわりを見渡せばものすごいスピードで動いている。となると不足している部分は外部にお願いするしかありません。パートナー企業にサポートを仰ぎながら、できる限り社内の経験値を高めていくしかないという状況です。
一方で世の中の動きは早く、まわりを見渡せば様々な企業で人材確保を積極的に行っており、DXに向けた体制を整えつつあります。当社も事業本部ごとにDXを推進しており、ICT推進本部にお話しをいただくこともありますが、いかんせんICT推進本部でも26名程度のメンバーしかおらず、十分に対応しきれない状況で、人材確保と事業スピードとのジレンマに陥っているという状況です。
今後さらにDXを進めていくうえで、課題があるとしたら何だとお考えですか?
やはり人的リソース不足とリテラシー不足など、人の問題が大きいですね。ICTに関する人材が少ないんです。2019年度には何人か採用できたのですが、それ以後はまったく採れていません。人材紹介会社に聞けば、世の中でICTの人材は流動しているようですが、やはり、スキルのあるICT人材はIT系の企業に向いてしまうのか、当社だけかもしれませんが、事業会社のいわゆる情シス部門への応募は少ないです。 本来は、できる限りのことを社内で行って、ノウハウをためて、社員のICTリテラシーを高めて成長してほしいという希望はあります。年功序列が良いとは思いませんが、溜まったノウハウや技術をつないでいく層の厚さがなければ空洞化してしまう恐れがあります。そうでなければ長期的なIT運営が成り立ちません。人材の確保とレベルアップは急務と思っています。
社員のITリテラシーをあげるポイントはどこにあるとお考えですか?
DXの観点からいえば、一般従業員にICTに関して深い専門的な知識が必要だとは思っていません。DXには2段階あると思っています。まずはデジタイゼーションやデジタライゼーションがあって、その次にデジタルトランスフォーメーションへと移っていく。今までのやり方をデジタルに変えるだけでなく、そのデジタルを活用して価値創造やビジネスモデルの変革を行うことが、本来の意味でのデジタルトランスフォーメーションです。
しかしながら、今までのプロセスを維持しながら、どこかを、あるいは、プロセスをデジタル化すれはDXだと思っている方が少なくありません。極端に言えば、ここに紙の申請書類があり、これをデジタル化して電子上でフローをすればDXになる、そんな風に考える方もいます。それはそれで第一歩としては良いと思いますが、本来は、今までのプロセスを含めて業務全体を見直して、新たな価値を生み出すことがDXなので、そこまで一歩踏み込んで考えることが重要です。一般的に、これまで培ってきたプロセスを壊すことに抵抗を感じる方々もいます。そこを乗り越える視点を持つ、そういう意識の底上げが重要だと思います。これは業務の現場の方々だけではなくてICT部門の従業員でも同じです。
技術よりもその技術をどう活用するかが大切ということですね。
ITリテラシーも重要なのですが、それ以上に、現場の課題に対してICTを活用して解決へとつないでいく基礎知識とセンスが重要で、それを磨く必要があります。それはどこの部門というわけではなく、すべての部門の従業員にいえることです。
そういう点では、全社的な教育活動は行われているのですか?
全体的な教育は人材教育の部門が担当していますが、ICT教育に関してはICT部門が行うことがあります。
DX人材の教育というと、AIやIoTの知識を学ぶようなイメージがあるかもしれませんが、先ほども申しあげたとおり、それ以上に重要なのは、頭を柔軟にして、現場の課題をICTでどのように解決していくのか、それを導きだせるスキルの強化こそ最優先だと思っています。そこが弱いと、内製であろうと、ベンダに委託する場合であろうと、パフォーマンスを引き出すことができません。
特定の分野で活躍しようと思えば、その特定の知識を増やし技術を磨くことも重要ですが、ことDXに関しては課題を認識し、それを解決に導くための広い知識と視野、実行力が必要です。また、現在は緻密に物事を考える左脳ではなく、右脳によるひらめきも大事だと思っていまして、そういったセンスは一生のビジネススキルにも成り得ると考えています。
現場の課題や企業の目的にかなうDXこそ、めざすべきもの
DXの成果はどう評価されているのですか?
社には特段、DXのみに特化した成果指標はなかったと思いますが、各事業本部が年頭にKPIやKGIを策定してその達成度を精査しており、必然的にDXの貢献度もそこに反映されているものと考えています。つまり、各事業本部の施策の中にDXの要素も入っており、その施策が達成できていれば、DXも進んでいるとの評価になります。そのぐらいDXは企業にとって必須の事項になってきている状況かと思います。
現場のDXをさらに進めるために、人的課題以外に別の課題はありますか?
ICTの観点で言えば、これまでのICT中期3か年計画はDXに向けた土台づくり、インフラ基盤の整備が中心だったため、その分、各事業本部に対して直接的な利益をあまりもたらしていません。現場に貢献できる土台はできあがりましたが、DXを進めて事業部門に貢献するのはこれからという感じです。その施策のいくつかが、2022年度からの新たなICT中期3か年計画に含まれています。
では、DXに関する次の中期3か年計画の目標を教えてください。
大きく分けて攻めと守りの取り組みを考えています。攻めの1つは、運輸系の新システムを2022年度末目処にリリースすること、もう1つは当社オリジナルのサービス「KBX」の運用開始です。これはオンラインで輸出・輸入業務の手配依頼、見積もり、進捗確認、手配完了までの一連のフローを提供するものです。
守りでいえば、システム基盤は整えたものの、急いで構築してきたので、ひずみのようなものも発生しています。それを整えて定着させることが挙げられます。一番の課題はセキュリティ関係ですね。セキュリティに関しては、2018年からの中期3か年でいろいろと強化してきましたが、運用面を整えきれていないこと、また、鴻池グループ全体にまで展開できていないことから、グループとして同じレベルにまで持っていかなければなりません。最近ではグループ企業からサイバー攻撃を受け、本体まで影響を受けてしまうようなケースも多発しているので、グループ全体でサイバー攻撃からも守れるように強化していきたいと考えています。
ありがとうございます。最後にパーパス経営が注目されていますが、DXはどう役立つとお考えですか?
私は、ICTはあくまで道具でしかないと思っています。ICT部門が先頭に立って事業現場の改善を牽引するというようなこともあるかと思いますが、それは往々にしてICTツールに主眼が置かれ、目的と手段を取り違えてしまう要因になってしまうことがあるように思います。それよりもICT部門は黒子になって、事業現場の課題に対し、どのようなITツールを活用して改善、解決するかを専門家として提案し、現場と共に並走していく、そうして一緒にDXを推進していくことで、事業現場そのものや、その先のクライアントや社会に対して付加価値をもたらす。それが企業の目的にかなうカタチではないでしょうか。また、そういったことを積み重ねて、企業の存在価値を高めていくことこそが、ICT部門の存在意義だと考えています。
まとめ
- 鴻池運輸がDXに本格的に取り組み始めたのは2018年。当初の3か年は、インフラやネットワークの再整備、セキュリティ対策などの基盤整備に注力。その基盤のうえで、各事業部門がDXの取り組みを始めている。
- 同社は様々な業種を相手に多種多様な事業を行っており、事業ごとに独自性が強い。そのため、事業横断的にDXを進めることは不可能で、事業ごとにDXを進めている。
- DXの成果としては、例えば、鉄鋼事業のドローン活用。目視測量であったものをドローンに代えたり、赤外線カメラを搭載したドローンで異常が顕在化する前の早期検知に成功するなど、大幅な作業時間短縮に加え、精度や点検頻度の向上につながっている。
- 大きな課題はITに関する人材が少ないこと。2019年度には何人かの専門家を採用できたが、それ以後はまったく採れていない。そのため、システムベンダなどの専門のパートナー企業にサポートを仰ぎながら、社内の経験値を高めている。
- DXの観点からいえば、一般社員にITに関する深い専門的な知識が必要だとは思っていない。業務全体を見直して、新たな価値を生み出すことがDXなので、そこまで一歩踏み込んで考えることが必要で、そういう意識の底上げが重要だと思われる。
- DX人材の教育というと、AIやIoTの知識を学ぶようなイメージがあるかもしれないが、それ以上に重要なのは、頭を柔軟にして、現場の課題をITでどのように解決していくのか、それを導きだせるスキルの強化こそ最優先である。
- DXに関する次の中期3か年計画の課題は、整備した基盤のうえで攻めと守りのDXを進めること。攻めのDXは運輸系のシステムのリプレースと輸出・輸入業務のオンライン化など。守りのDXの一番の課題は、グループ全体のセキュリティの強化。
- IT部門は黒子になって、現場の課題にどのようなITツールを活用して改善すべきかを提案するのが役割。事業現場そのものや、その先のクライアントや社会に対して付加価値をもたらし、企業の存在価値を高めていくことこそが、ICTの存在価値だと考える。
※本稿はe-Kansaiレポート2022からの転載です。