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クラウドサービスやオンライン診療で、医療の未来モデル実現を目指す【正幸会病院】

大阪市門真市にある正幸会病院は、1983年に開業した内科系の一般病院である。病床数は56床、従業員数は65名で、内視鏡検査やCT検査の他、睡眠時無呼吸症候群などの診察・治療も行っており、コロナ病床も確保している。センシティブな個人情報を取り扱うこともあり、デジタル化が進みにくいとされる医療現場において、同病院は2018年からオンライン診察を開始。待ち時間がなく、薬も郵送で受け取れる診療スタイルで患者の医療体験向上を実現させている。
また、病院内の業務改善&効率化に向けて、電子カルテや各種管理ソフト、LINE WORKSなどのコミュニケーションツールも積極的に導入。デジタル&クラウド化を経営戦略の柱に据え、医療の未来モデル実現を目指している。
2021年には医療法人で唯一、全国中小企業クラウド実践大賞奨励賞を受賞。アナログ・属人化から脱却できないでいる医療現場に新風を吹き込んだ同院のDXの取り組みについて、東大里院長と、同院のMS法人「D&Dメディカルジャパン株式会社」の代表取締役・山﨑照夫さんにお話をうかがった。

「明日、辞めます」事件で現場が混乱。成長戦略を「デジタル&クラウド化」にシフト

Q:医療には世界でも最先端の科学技術が投入されている一方で、病院ではネット予約やキャッシュレス決済ができないなど、デジタル化が進んでいない印象があります。医療現場でのDXの現状についてお聞かせください。

病院はセンシティブな個人情報を扱うこともあり、特有のローカルルールがまかり通っているのが現状です。 電子カルテの端末はインターネットにつないではいけないとか、クラウドはとにかく危険という風潮が根強く残っていますし、病院間の情報提供は今なお紙の手紙が主流で、急ぐ時はFAXを使うのが一般的です。

さらに、決裁者が高齢のケースが多いことも、デジタルやクラウド化が進みにくい要因の一つだと考えます。実際に電子カルテの普及率も低く、全国約18万件の医療機関のうち、半数以上で未だ紙カルテが使用されています。

Q:そのような中で、正幸会病院がDX推進に舵を切ったきっかけを教えてください。

2015年に、当時2名体制だった外来事務スタッフが、そろって「私たち、明日辞めます」といって去ってしまった事件がありました。引き継ぎもないまま突然いなくなってしまいましたので、どこに何が置いてあるかすらわからず、現場がしばらく混乱しました。この事件をきっかけに、業務のアナログ化・属人化のリスクを痛切に感じたのです。

医療法人は非営利団体ですが、投資の回収や安定的な医療サービス提供のためには、利益を得ることも必要です。一般企業と同様に、健全な財務のためには業務の効率化が求められますから、その日を境に病院の成長戦略を「デジタル&クラウド化」に切り替えました。

「業務改善&効率化」と「患者の医療体験の向上」を指針に

Q:DX推進にあたり、まずはどういった取り組みから始められたのでしょうか?

「病院内の業務改善&効率化」と「患者の医療体験の向上」という2つのベクトルでデジタル化を進めていきました。まず着手したのは業務改善と効率化です。

具体的には、電子カルテやレセプトソフトの他、kintoneをはじめとした情報管理ツールや、勤怠・人事労務・会計管理ソフトなど、各種クラウドサービスを導入しました。中でもLINE WORKSの導入は、院内コミュニケーションに劇的な変化をもたらしました。

Q:具体的には、どのような変化が起こったのでしょうか?

共有したい情報の即時性がぐっと高まりました。これまでは、紙の書類や口頭、電話でそれぞれに伝達していたことが、同時に、かつ必要なスタッフ全員に確実に届くので、院内業務が格段に効率化しました。

特にコロナ患者の受け入れでは、この仕組みが大いに効力を発揮しました。当院はコロナの入院病床を確保しているのですが、大阪府下で入院が必要な患者が出ると、まずは府が運営する「入院フォローアップセンター」から問い合わせの電話が入ります。患者の受け入れ判断は医師でないとできず、一般的には医師が受け入れを決めてから入院センターやコロナ病棟、事務などの各所に電話で連絡をするので、準備がなかなかスムーズに進みません。

一方で当院は「入院フォローアップセンター」からの電話には、医師の私が対応しますが、LINE WORKSとkintoneを連動させているため、患者の情報をkintoneに入力すれば、あとはLINE WORKSに自動的に通知が飛び、関係各所に情報を届けられます。おかげで、夜間や日曜・祝日であってもスムーズに患者を受け入れられています。

Q:非常にわかりやすい事例をありがとうございます。もう一つの「患者の医療体験の向上」に向けては、どのような取り組みを?

こちらについては、「オンライン診療」と「AIの活用」という二本柱です。まず、オンライン診療については、2018年3月に制度が解禁されてすぐにクラウド型オンライン診療システムを導入しました。

オンライン診療は家からスマホで受診できるので待ち時間がありませんし、薬も郵送で受け取れます。人と会わないので感染リスクがなく、支払いもオンラインで済ませられるなど多くのメリットがあります。

導入直後こそ利用者が限られていましたが、2020年4月に新型コロナウイルス感染症が蔓延し始めてからは、オンライン診療の回数が急増。Withコロナの現在では、外来、入院、在宅に続く第4の診療スタイルとして定着しました。 オンライン診療導入の最大のメリットは、患者が必要に応じて「対面」と「オンライン」を選べることです。検査などが必要な場合は対面、薬をもらうだけならオンラインといった具合に使い分けができれば、医師も外来の患者にしっかり向き合う時間ができます。

そうして医療の人的資源を効率的に配分できれば、患者の医療体験が向上するのはもちろんのこと、病院業務の効率化にもつながります。

Q:もう一つの柱、「AIの活用」についてもお聞かせください。

診断画像の解析など、AIによる診療補助を導入しました。具体的には、胃・大腸カメラとレントゲン、CT検査にAIを使った読影支援を入れています。

私は内視鏡の消化器内科の専門医ですが、読影の際は、過去の経験に紐づけながら診断をしています。こうした読影(つまり、画像の読み取り)は、AIのディープラーニングが大変得意とする領域。病変などを見つけるとモニター上で表示してくれ、例えば、腫瘍であれば、それが良性か悪性かも瞬時に判断してくれるのです。 もちろん、最終診断責任は医師ですから、AIはあくまで診断の補助という位置づけです。

とはいえ、人が読影する以上、あってはならないことですが、個人差もあれば、見落としというヒューマンエラーが起こる可能性もあります。そこをAIが補助してくれることで、見落としを限りなくゼロに近づけられますし、医師サイドのプレッシャーも軽減されます。AIの著しい進化を見る限り、将来的にAI読影の併用は、医療においてマストになると考えています。

MS(メディカルサービス)法人の設立でデジタル&クラウド化が一気に加速

Q:DXを進めるには、専門的な力が必要だと思います。デジタルやITの知識、スキル、ノウハウなどは、どのように調達されたのでしょうか?

院長である私がもともとデジタルやITに興味があったので、自分なりに調べて電子カルテやオンライン診療の導入までは何とかやり切りました。しかし、電子カルテを導入しても、それを使いこなせなかったり、周辺業務はアナログのままであったりして、当初は思ったほど効率性が上がらなかったのです。

そこで必要性を感じたのが、病院の業務に合わせたアプリの開発や、ソフトのカスタマイズです。とはいえ、そこまでの領域となると、私の独学では限界がありますから、大学時代からの友人である山﨑に協力を仰ぎました。 山﨑が合流し、病院業務を支援するメディカルサービス法人「D&Dメディカルジャパン株式会社」を2018年に設立してから、取り組みが一気に加速しました。

2019年には、電子カルテや保険診療費の請求システムといったデジタルツールの周辺業務をデジタル&クラウド化するアプリ群を開発。それによって、紙の使用量は93%、患者一人当たりのレセプト(保険者に提出する月ごとの診療報酬明細書)作成時間は30%減るなど、目に見えてDXが進んでいきました。

Q:やはり山﨑さんのようなスペシャリストがいないと、DXは進みづらいのでしょうか?

DXの到達点としてどのレベルを目指すのか。それによって変わると思います。ただ、一つだけ言えるのは、DXはトップの覚悟と決断なくして進まないということです。当院でも、病院の成長戦略の柱を「デジタル&クラウド化」に据えたからこそ、必要なプロセスや人材が明確になりました。

デジタル化を最優先にすると決断し、資金を投入するんだという覚悟を持てれば、IT人材については、招き入れることも、外注することもできるはずです。よくある、決裁権を持たない人に「やれることからやってみて」といった進め方では正直難しいと思います。

Q:トップの覚悟がDXを推し進める基盤になるのですね。とはいえ、実際にデジタルツールを使うのは現場の医師や看護師、職員です。反発はありませんでしたか?

もちろんありました。新しく覚えなくてはいけないことも増えますし、慣れるのに時間がかかる人もいます。また、「これまでのやり方にプロダクトを合わせてもらえないと困る」というスタッフもいれば、情報漏洩のリスクからデジタル&クラウド化に不安を漏らす人も少なくありませんでした。

病院に限らずですが、新しいツールややり方というのは、多くの人が抵抗を感じるものです。こうした問題というのは、瞬間的に解決する方法はないと思っています。当院では、とにかく丁寧に粘り強く、私や山﨑が「これを使うと、こんなワクワクした未来が待っている」ということを伝え続けました。デジタル&クラウド化の意味についても、「理解してもらえるまで粘り強く」です。

そうして、便利になったという体験を一つずつ積み重ねていくと、いつの間にか、私たちと一緒にデジタル化を推進してくれるスタッフが増えていきました。

MS法人設立から3年後の2021年には、「全国中小企業クラウド実践大賞」でクラウド実践奨励賞を受賞。病院では初めての受賞だったと聞いています。

一貫してデジタル&クラウド化というブランディングを進めることで、当院の方針がどうしても合わないスタッフは自然と去り、逆に共感するスタッフが入社してくるというサイクルも回り始めました。おかげさまで現在では、DXへの理解が深いスタッフが集う病院になってきたと実感しています。

デジタル化というブランディングが投資の回収につながった

Q:「全国中小企業クラウド実践大賞」での入賞コメントで、東院長は「デジタル&クラウド化に切り替えたことで投資判断がしやすくなった」と話されていました。DX投資の予算については、どのように考えられていますか?

率直に申し上げると、成長戦略に沿っていれば細かな勘定は抜きで投資に踏み切っています。オンライン診療ツール導入の際も、短期間で投資を回収できるという見込みがあったわけではありません。導入にはイニシャルコストもランニングコストもかかりますし、もっと細かい話をすれば、オンラインだと診療報酬も少し下がります。しかし、諸外国の動きを見ていて、オンライン診療は近い将来必ず日本でも定着すると信じていました。

結果的には導入から2年後の2020年に、新型コロナの蔓延を受けてオンライン診療のニーズが急増。「2年前からオンライン診療を行っている病院」として、テレビや新聞でも紹介されました。

また、新型コロナのワクチン接種についても、多くの病院が電話か病院窓口での予約に限定していたところを、当院では24時間対応のLINE予約ツールを導入していました。電話や対面での対応、情報の手入力といったアナログ業務が一切なかったおかげで、窓口が混雑することもなく、門真市でもトップクラスの人数を受け入れることができました。 そうした実績が評価され、当院は門真市の集団接種会場に選ばれました。

これは、デジタル&クラウド化というブランディングを進めることで投資の回収に成功した一つの事例です。DX投資は、すぐに成果が出るものではないかもしれませんが、大きな成果を得られる可能性が十分にあります。目先の収支を気にするのではなく、覚悟を持って投資をしていくことが大切なのではないでしょうか。

Q:やはり、トップの決意が大切なのですね。とはいえ、回収の目処が立たない中での投資は勇気がいるのではないですか?

私は、素晴らしい医療体験こそが集患につながると考えています。例えば、選ばれる高級ホテルには、様々なサービスが取り揃えられていますよね? 病院も同じで、対面でもオンラインでも診察が受けられ、薬も受け取れる。支払いも、現金でもキャッシュレスでもできる。そうした選択肢を揃えることが、総合的に素晴らしい医療体験につながり、集患につながるのだと思っています。

そもそも病院だからといって、あれはできない、これはできないと患者に我慢させる必要はないはずです。ですから、オンライン診療を導入するときも、「これによっていくら回収できる」という算段はあまり立てていませんでした。

患者さんが病院を訪れて帰るまでの時間すべてで、「正幸会病院の医療体験はとても素晴らしかった」と思ってもらいたい――。そのために必要だと感じるものには思い切って投資をしてきました。それが集患、そして投資の回収につながったのだと自負しています。

セキュリティと利便性は裏腹の関係。仕組み構築で安全性を確保

Q:セキュリティ対策についてもお伺いさせてください。病院はセンシティブな個人情報を扱う場所ですが、セキュリティはどのように確保されていますか?

具体的には、様々なウイルスソフトやシステムを投入し、多重で防御をしています。ただ、セキュリティと利便性は裏腹の関係性だと思っていて、あまりセキュリティにこだわりすぎると利便性が損なわれ、効率化が妨げられるという本末転倒な結果になってしまいます。

医療の世界では、セキュリティを守るためにインターネットにカルテをつないではいけないとか、クラウドなんてもってのほかだといった風潮が根強く残っていますが、一方で、院内の端末に簡単にUSBを差し込めるといった環境がまかり通っていたりします。

ですから、利便性を確保しつつセキュリティ対策を行うためには、ある程度ITリテラシーの高い人がセキュリティ対策を主導していく必要があると思います。

Q:セキュリティを守るためには、現場スタッフのITリテラシーも上げていく必要があるのでしょうか?

それが理想ではありますが、なかなか難しいというのが正直なところです。ですから、現場スタッフのITリテラシーのレベルに合わせて運用ルールを制定したり、権限を抑制するといった環境整備にリソースを割くほうがスムーズに安全性を高められると思います。今後は、生体認証ができるようなシステムを作っていくなどして、より強固なセキュリティの仕組みを構築していきたいと考えています。

Q:今後の展望についてもお聞かせください。

素晴らしい医療体験の提供で集患をし、そこから患者のニーズ把握・分析を行うことで、さらに素晴らしい医療体験の提供につなげる――。そのようなサイクルを作り上げていきたいと考えています。そこで活躍するのが我々の開発した、デジタルツールの周辺業務をデジタル&クラウド化するアプリ群です。このアプリ群は、患者情報のQRコード化やヒヤリ・ハット報告、医師の指示の情報共有など、病院で欠かせない情報をデジタルで共有できる他にないツールです。このアプリ群を医療インフラとしてどの病院でも使えるようなものに育て、医療業界の発展に貢献できればと願っています。

まとめ

  • 内科系一般病院の正幸会病院は、2015年から成長戦略を「デジタル&クラウド化」に切り替え、電子カルテやオンライン診療を導入した。
  • 医療には最先端の科学技術が投入されているが、病院はセンシティブな個人情報を扱うこともあり、デジタルやクラウドを活用できていない。全国約18万件の医療機関のうち、半数以上で未だ紙カルテが使用されている。
  • デジタル&クラウド化のポイントは2つ。第一に「病院内の業務改善&効率化」のために、電子カルテや情報管理、コミュニケーションツールなどの各種クラウドを導入。院内コミュニケーションが高まったことで、コロナ患者の受け入れもスムーズになった。
  • 次に「患者の医療体験の向上」のために、「オンライン診療」と「AIの活用」を推進。2018年に開始したオンライン診療はコロナ禍を受け受診数が急増。さらに、AIによる読影支援を導入したことで検査精度が向上し、医師のプレッシャーも軽減された。
  • 一方で、電子カルテなどのデジタルツールの周辺業務にアナログ体制が残っていたため、医療現場のニーズにマッチした効率化アプリの開発に着手。ITに精通している友人を招き入れ、2018年にMS法人「D&Dメディカルジャパン株式会社」を設立した。
  • D&Dメディカルジャパンの設立からDXが急激に加速。コロナワクチンの接種についてもLINE予約ツールの実績が評価され、門真市の集団接種会場に選ばれる。2021年には病院で初めて「全国中小企業クラウド実践大賞」でクラウド実践奨励賞を受賞する。
  • DXを推し進める基盤になるのはトップの決意。デジタル投資についても、「患者の医療体験の向上」というビジョンを実現するものであれば、覚悟を持って投資している。
  • セキュリティと利便性は表裏一体の関係性。セキュリティ対策に特化しすぎると利便性が失われるため、ITリテラシーの高い人材がセキュリティ対策を主導。現場スタッフのITリテラシーについては、権限の抑制など仕組みでカバーする。
  • 今後は、D&Dメディカルジャパンが開発した「デジタルツールの周辺業務をデジタル&クラウド化するアプリ群」を医療インフラとしてどの病院でも使えるようなものに育て、医療業界の発展に貢献したいと考えている。

施設情報

施設名医療法人正幸会 正幸会病院
所在地〒571-0055
大阪府門真市中町11-54
開院年月昭和58年6月
院長東 大里
WEBサイトhttps://seikohkai-hp.com/

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