日々の地道な改善活動の上に花開いた“かっこつけないDX”の成果【上田製袋株式会社】
大阪府守口市の上田製袋株式会社は、注射針や手術器具を入れる滅菌バッグを製造する会社である。1967年の創業当時は主に食品向けの袋を作っていたが、1984年に滅菌バッグ事業に参入。2009年に就任した上田克彦社長は事業領域をメディカル向けに特化させた。
自社開発にも乗り出し、大学との共同研究による赤外線レーザー加工技術を用いて、フッ素樹脂製「生体組織の凍結保存袋」の製品開発に成功。多品種小ロット受注にも柔軟に対応できるという、町工場ならではの強みをいかし、医療業界に貢献している。2017年、品質向上と増産要請、人手不足に対応するため、製袋機の稼働モニタリングシステムを導入。売上10%アップ、平均労働時間10%削減などの成果を上げた。
同時に、若手社員を中心とするIT推進委員会を立ち上げ、日常的に現場の改善を図る“小さなDX”を推進している。大上段に構えず、自社に合わせて一歩ずつ取り入れる“かっこつけないDX”を提唱する上田社長にお話をうかがった。
目次
IT活用に失敗した経験から、データ管理できる現場づくりの大切さを学ぶ。
Q:DXの取り組みについては、いつごろ、どのような問題意識で始められたのでしょうか?
先代社長であった父の後を継いで社長に就任したころから、現場には様々な課題がありました。メディカル向けパッケージは、医療現場に対応する衛生基準や、滅菌時の大きな圧力に耐える強度と開けやすさという相反する性能の両立など、高度な技術とともに徹底した品質管理が求められます。業界からの品質要求は年々厳しくなり、作業負荷は増える一方、恒常的な人手不足に悩まされていました。
以前ソフトウェア会社に勤めていた関係でプログラミングの知識があり、ITを活用して問題解決しようと思いながら、納期に追われる毎日で業務改善にまで手が回らない状態だったのです。ようやく社長業が軌道に乗った2013年、生産性・品質向上を目指して、IT活用にチャレンジしました。
Q:具体的にはどんな試みをされ、どんな結果になったのですか?
機械トラブルの記録と、生産状況の把握のためにタブレットPCを導入しました。ちょうどタブレットPCが出始めのころで、前の会社の先輩に相談したら「高いけれど、いいものがある」と勧められて、システムもその先輩に手伝ってもらいながら作りました。
しかし、当時のタブレットPCは反応が悪く動作が遅いうえに、従業員たちも入力に不慣れで、処理忘れやミスが多発。かえって作業が増えてしまい、時期尚早と判断し断念しました。
失敗の要因を振り返ると、第一に目の前の作業に手一杯で新しいものを取り入れる余裕がなかったこと、第二に従業員のPCスキル不足が挙げられます。年配の従業員からは、「手書きのほうが速い」とまで言われる始末でした。いいシステムであっても、現場で自分たちが使えなければ意味がないという教訓を得ました。結局のところ、当時の現場にはデータ管理できる素地がなかったんです。
ISO取得のための改善活動がきっかけとなり、満を持してIoT 導入へ
Q:2017年にはIoTを導入し、成功されています。前回IT活用を試みたときの問題点はどのように解消されたのでしょうか?
再挑戦のきっかけとなったのは、医療機器メーカーの要望もあり、2014年にISO9001を認証取得したことです。取得に向けて、講師を招いて従業員全員で勉強し、5Sなどの改善活動にも力を入れました。その結果、記録を取って残し管理するという習慣が定着していったのです。つまり、データ管理のできる現場へと変わっていきました。
Q:IT活用に再チャレンジした背景には、4年間の情勢の変化なども関係していたのでしょうか?
一番大きかったのは、デジタル機器の低価格化です。いま使っている市販のマイコンボード「Raspberry Pi」は、1台数千円で入手できます。センサなどの周辺機器と組み合わせても数万円でシステムを作ることができる時代になりました。最初にIT活用にチャレンジしたころであれば、数百万円あるいはもっとかかったでしょう。
社内の状況も変わりました。ベテラン勢が定年を迎えて世代交代が進み、ITを受け入れやすい土壌になったのです。IoTという言葉が広まった時期でもあり、「いまこそチャンスだ! 今度こそ使えるシステムを目指してIoTに挑戦しよう」と導入に踏み切りました。
行政のIT支援との出会いが、現場とシステム開発会社との間を埋めてくれた
Q:DXを進めるために必要な技術やノウハウは、どのように調達されましたか?
その点では壁に突き当たりました。好機到来と思い立ったものの、何をどうしたらいいか、まったくわからない。誰に尋ねればいいかもわからない。システム開発会社に依頼するにしても、IT関連の技術に精通していないから、たくさんの課題をどのように解決してほしいのか、うまく伝えられない。ITの専門家は当社の業務や現場の実情を知らないから、いただく提案も一般論になってしまう。当社とシステム開発会社との間を埋めてくれる人材が必要なことに気づきました。
そんなとき、以前参加した大阪産業創造館「なにわあきんど塾」から定期的に届くメールで、IoT関連のセミナーを見つけ受講しました。そのセミナーで大阪府IoT推進Labが参加企業を募集していることを知り、2017年7月に無料のIoT診断を受けました。中小企業診断士が現場を訪問し、ヒアリングにより課題を抽出してくれるというものです。 11月には、IoT診断を受けた流れで大阪商工会議所「スマートものづくり応援隊」から支援を受けることができました。こちらは途中から有料になりますが、専門家が実際に工場を見て課題を指摘し、IoTを活用した解決策を提案して、システム開発会社とのマッチングもしてくれます。伴走型というのでしょうか。これは非常によかったです。おかげで優先順位をつけてIoT導入を進めていくことができました。
Q:行政のIT支援との出会いが御社とシステム開発会社を結びつけてくれたのですね。そこから何を始められたのですか?
勘や経験に頼っていた現場をまずは“見える化”したいと考えていたので、製袋機の稼働モニタリングシステムを開発して導入しました。製袋機は、原材料のフィルムロールから送られてくるプラシートの上に、プレス装置が下りてきて加熱・圧着・切断し、袋ができるという仕組みになっています。
その製袋機に、マイコンボードに光センサと無線発信機を組み合わせたIoTデバイスを取り付けて、プレス装置の上下動で光が遮られるとセンサが感知して作動回数をカウントするシステムです。プレス装置が1回上下すると1枚の袋が製造されます。作動回数はイコール製造枚数ですので、目標枚数に対する進捗が“見える化”できるわけです。生産管理室にはモニターが並び、すべての製袋機の進捗が一覧できますし、製袋機1台1台の進捗は担当者がタブレットPCで確認できます。
また、製袋機が止まったとき、止まった原因をボタンで入力するようになっています。ボタンには「原反交換」「トラブル」「休憩」などの選択肢が用意されており、作業者が押して入力します。原因を記録しておき、将来活用したいからです。原因まで自動で把握できるようになればいいのですが、まだそこまではできないので、作業者の手入力です。
Q:稼働モニタリングシステムを導入した結果、どんな効果が得られましたか?
リアルタイムに進捗が見えるようになり、作業の終了時間が正確に読めるようになったことが大きいですね。作業開始と同時にカウントが始まり、進捗に応じてリアルタイムに終了時間の予測が表示されます。例えば、現在の進捗が40%、結果、作業終了予測は午後3時といった具合です。
もちろん、刻々と終了時間の予測は変化しますが、それをにらみながら、次の製品の段取りや人員配置などの準備が適切にできるようになり、管理者のスケジューリングの精度はあがり、シフトも組みやすくなりました。特に当社は段取り替えの回数が多いので、より効果があったと考えています。これにより、機械の稼働率が向上し、売上は10%アップしました。
全社的に時間への意識が変わったことも大きな収穫です。どんぶり勘定でやっていると時間の観念は緩みがちですが、みんなが意識するので残業時間が減り、平均労働時間は10%削減できました。働き方改革の面でも役立っています。
若手を中心にIT推進委員会を発足し、「小さなIoT」で日々改善
Q:同時期に社内でIT推進委員会を立ち上げられたそうですね。どんな活動をされているのでしょうか?
稼働モニタリングシステムの開発は外注しましたが、社内にもIT人材を育てたいと考え、IT推進委員会を発足しました。デジタル機器の操作に抵抗の少ない若手社員に声をかけ、私がリーダーになってスタートしたのが、2018年1月です。
発足当初は「Raspberry Pi」をマスターしようと勉強したのですが、完全にマスターするのは難しかったですね。でも、勉強したおかげで、サンプルがあれば組み合わせて、ちょっとしたシステムを作ることができるようになりました。それで日々改善に取り組んでいます。
Q:どんな改善成果があがっているのでしょうか?
はい。最初に取り組んだのは、原材料のフィルムロールの残量を確認するシステムです。元々残量が少なくなるとランプが点灯していたのですが、最後はフィルムロールをセットしている場所まで見にいって、なくなる前に補充しなければなりません。経験の浅い作業員はランプが点灯すると気が気でなくなり、本来の作業に集中できない状況でした。放置すればミスの原因になりかねません。そこで、フィルムロールのセット場所にカメラを取り付け、映像を無線で飛ばし、手元で残量を見られるようにしました。
次にトラブル情報の送信システムがあります。iPadのショートカットアプリを使い、トラブル発生時に担当者が写真を撮ってトラブルの種類を選び、それをメールで管理者のスマホに簡単に飛ばせる仕組みを自分たちで組みました。このやり方は、若い世代の特性にも合っていたようです。昔はトラブルが起こるたびに、担当者が「誰か来てくれ」と大声で呼んでいましたが、いまどきの若者は遠慮がちで、忙しい管理者を呼びつけるのに躊躇するらしいんですね。メールで報告できるなら余計な気遣いをしないですむというわけです。しかも、トラブル情報がデジタル化できたので、従来は手書きしたトラブル記録をスキャンしてPDFで保存していたのですが、その手間も省けるようになりました。
このほか品質管理をペーパーレス化しました。以前は手書きで記録していたのですが、タブレットPCを使い、Googleフォームで入力・送信・管理できるようにしました。
また、システム会社に依頼した改善例ですが、機械が停止したときに音声アラートが出るようにしました。先ほど申しあげたとおり、機械が停止すると、担当者が停止理由ボタンを押すことになっていますが、押し忘れが頻発していました。そこで、機械が止まると「停止理由を入力してください」と自動的に音声アラートが流れ、画面にも表示されるようにしました。 システムを導入したら終わりではなく、常に見直しつづけ、改善を重ねることが大切だと思います。IT推進委員会では、「日々改善」を合言葉にアイデアを出し合っています。
自社の現状に合わせて小さく始め、徐々にレベルアップするのが成功の秘訣
Q:振り返って、DX成功の要因はどんなところにあると思われますか? これからDXを推進していこうとする中小企業に向けて、アドバイスをお願いします。
ポイントは、自社のやり方とデジタル化をつなぐ手段や人を見つけることですね。そして、中小企業の場合は、自社の現状に合わせて小さなことから始め、徐々にステップアップしていくのがいいと思います。
DXはITツールによって課題を解決して、仕事のやり方を変えることですが、当社のような会社でいきなり最新のツールを導入しても使いこなせません。私たちも、本当はもっと高度なこともできるけれど、現場でいま受け入れられるのはこのぐらいかな、といった判断を繰り返し、少しずつレベルを上げていきました。活用できてこそのDXですから、現状の社内で使いこなせる範囲を考えて一歩ずつですね。
私は“かっこつけないDX”と呼んでいます。 当社でもデジタルネイティブ世代が増えてきたので、今後はもっといろんなDXに挑戦していけるかもしれません。Excelなどのソフトウェアやプログラミングを学校で習った社員もいます。今後の展望を見据え、クリーンな職場でDXが進んでいる点をアピールして、若い人材を積極的に採用していきたいと考えています。
Q:今後の課題や将来的ビジョンについて、お聞かせください。
まずは、蓄積された品質管理やトラブル原因のデータを分析して、業務に役立てられるよう、AIの導入を検討しています。あと品質管理のペーパーレス化がうまくいったので、それにならってほかの文書のペーパーレス化にも取り組みたいですね。
先日、IT推進委員会のメンバーで「5年後のビジョン」をテーマにブレスト会議をしたところ、ウェアラブル端末の導入、ITツールの活用によるコミュニケーションの活発化、QRコードの利用、当社の経験を活かしたDXのコンサルティング事業など、いろんな意見が飛び出しました。すぐに実現はしないかもしれませんが、うれしかったのは、新しいものにどんどん挑戦して現場をよくしていこうという気概が感じられたことです。そういうマインドが何より大事ではないでしょうか。
社員が前向きであれば、DXもスムーズに運びます。当社の場合は、IoT導入前にISO認証取得のための改善活動で、従来のやり方を変える体験をしていたため、新しいものを受け入れる素地ができていたのでしょう。せっかくシステムを入れたのに、使われずに眠ってしまっているという話をよく聞きます。現場で受け入れられ、活用できるような風土を作っておくことも大切だと思います。
まとめ
- 上田製袋が製造するメディカル向けパッケージは、品質要求が年々高度化し、作業負荷は増える一方で、恒常的な人手不足により納期に追われる状態が続いた。2009年に就任した上田克彦社長は、業務改善を決意。生産性・品質向上を目指し、IT活用を試みた。
- 2013年にはトラブルの記録や生産状況の把握のため、タブレットPCを導入したが、性能が不十分であったのと従業員のPCスキル不足のため、IT活用は時期尚早と断念した。システム導入にあたっては、現場が使えるかどうかが重要であるとの教訓を得た。
- その後、ISO9001の認証取得に向けて従業員全員で勉強し、5Sなどの改善活動にも力を入れた結果、記録を取って残し管理するという習慣が定着し、データ管理のできる現場へと変わっていった。
- 現場とシステム開発会社との間を埋める人材の必要性を感じていたところ、IT活用を支援する2つの公的機関と出会う。課題の抽出と解決策の提案などを通し、システム開発会社とのマッチングが成立。稼働モニタリングシステムの導入などIT活用が進み出した。
- 稼働モニタリングシステムの導入によって、作業の終了時間が正確に予測できるようになり、次の段取りや人員配置などの準備が適切にできるようになった。加えて現場の意識も変わった結果、売上10%アップ、平均労働時間10%削減を実現した。
- モニタリングシステムの開発を外部委託すると同時期に、社内でもIT人材を育成するため若手社員を中心とするIT推進委員会を発足。委員会のメンバーが独自に開発したシステムにより、日常的な改善を図る“小さなDX”を推進している。
- DX成功の秘訣は、日常の改善活動などを通してデータ管理の風土を育んでおくこと。そして、自社の現状に合わせて小さなIT活用から始め、徐々にステップアップしていくこと。システムを導入すれば終了ではなく、日々改善を重ねていくことが重要である。
企業情報
会社名 | 上田製袋株式会社 |
本社所在地 | 〒570-0002 大阪府守口市佐太中町2-13-22 |
設立年 | 1989年 |
資本金 | 1,000万円 |
従業員数 | 34名 |
WEBサイト | https://uedaseitai.com/ |