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固定観念を打ち破る、DXによる企業変革の実現【三井化学株式会社】

三井化学株式会社は三井系の総合化学メーカーで、ライフ&ヘルスケアソリューション、モビリティソリューション、ICTソリューション、ベーシック&グリーンマテリアルズ、の4つの事業を展開している。2020年11月に、2050年カーボンニュートラルを宣言。自社のGHG(温室効果ガス)排出量削減と、環境貢献価値が高いと独自に評価するBlue Value製品の提供拡大などにより、削減量の最大化を目指している。また、2030年に向けた長期経営計画を発表。その中核としてポートフォリオ変革を掲げ、従来の素材提供型ビジネスからソリューションビジネスへの転換を目指している。
また、「2030年のありたい姿」として「未来が変わる。化学が変える。変化をリードし、サステナブルな未来に貢献するグローバルソリューションパートナー」を掲げ、それに向けて5つの基本戦略を策定。事業ポートフォリオ変革の追求、ソリューション型ビジネスモデルの構築、サーキュラーエコノミーへの対応強化、経営基盤・事業基盤の変革、そして、これらを実現するための基礎・基盤がDXと位置付ける。

この三井化学のDXの推進について、執行役員でありDX推進本部 副本部長の浦川俊也さんにお話をうかがった。

ー 2030長期経営計画では、素材提供型ビジネスからソリューションビジネスへの転換が示され、原動力としてDXを重視されています。この転換には、どのような背景がありますか?

この戦略は、社内外の双方の観点で立案しました。社内の観点から今後を見据えると、従来のまま素材や製品を提供するだけでは、事業の成長に限界があります。一方、社外の観点では、当社が提供するプラスチックなどの素材や製品は、社会や環境に配慮すべき多くの課題を抱えています。そして、これらの課題解決に向けて、サーキュラーエコノミー(循環型経済)という社会的な要請に応えるには、ソリューション型ビジネスモデルを追求する必要があります。こうした社内外の事情やニーズを踏まえ、ビジネスモデルを変革する結論に至りました。そして、この変革を実現するための方策の一つとしてDX推進本部を発足させました。

― 御社のDXは、DX推進本部を中心に各事業本部などが部門横断的に取り組まれているとお聞きしていますが、どのような狙いがありますか?

DX推進本部は、DX推進室(2021年4月設立)の発展形として、2022年4月に設立されました。DXを進める中核たる部署ですが、この部署だけですべてのDX業務を行うことは難しく、各現場との連携が欠かせません。DX推進本部が旗振り役となり、そのもとで各事業部が全社横串の体制をとり、DXを推進しています。

―御社では、以前から情報システム統括部がインフラ整備やIT業務を担当していたそうですが、なぜ情報システム統括部とは別にDX推進室を設立したのでしょうか?

情報システム統括部は全社のITシステム全般を管理し、主にセキュリティを中心に業務の基礎を固める役割を担っています。一方、DXは最先端の領域であり、業務の進化を促す挑戦的な要素が多いです。この両者を同じ部署で統合することは難しいため、現在、DX推進本部内に従来の情報システム統括部と新たに発足したDX企画管理部(旧DX推進室)を置き、それぞれの業務・役割を分担しています。

―部門横断的に推進する際に、連携はどのようにされていますか?

4つの事業本部にDX推進の窓口かつリーダーとして「DXチャンピオン」と名づけた担当者を配置しています。また、研究開発本部や生産技術本部など他の関連部署から兼務者をDX企画管理部に配置し、考え方や施策を共有しながら進めています。

―他社の事例ではDX担当者の人選にご苦労される場合が多いですが、どのようなタイプの人材がDXチャンピオンにふさわしいとお考えでしょうか?

DX推進に必要な素養としては、ひとつは各事業部の実務に精通していることです。また、変革への意欲も必要です。さらに、現場の人たちから信頼を得て、意見をまとめられるオピニオンリーダーのような役割を担える素養も大切です。これらに加えて、DXを円滑に進めるために、ITの知識も多少あることが望ましいです。このような要望を各部門にお願いして、DXチャンピオンを選任してもらっています。

―DXの最初の取り組みとして、他社事例を学ぶためのリファレンスブックを作成されたそうですね。他社ではあまり見られない取り組みだと思うのですが、どのような経緯で発案されましたか?

当社のDXを統括する三瓶CDO(Chief Digital Officer)のアイデアです。当社は他社よりも先進的にDXを進めているわけではないという共通認識があり、他社の成功事例から多くのことを学び、参考にして進めることが重要だと考えました。このような認識から200以上のDX事例を収録したリファレンスブックを作成しました。

―リファレンスブックは導入当初、うまく活用されなかったとお聞きしています。どのような問題がありましたか?

DXを実践するのは現場の人たちなので、現場の人たちがデジタル技術やDXに一定の理解がなければうまくいかず、実効性もありません。そもそもDXに関わった経験がないと、リファレンスブックの事例を見ても、自分事として消化するのは難しかったようです。また、馴染みのないIT用語なども出てきて、内容の理解や実感を持つことも難しいため、現場の人たちのデジタルリテラシーを向上させることが必要になりました。そこで策定したのがDX教育ロードマップです。

―DX教育ロードマップは、どのような内容ですか?

DX教育に関する当社独自の制度です。習熟度に応じてLv.0からLv.3までの4段階に分けて教育プログラムを組んでいます。すでにLv.0からLv.2までのプログラムが完成しており、実施しています。

Lv.0は、DXの基礎に関する全社員必修の内容で、4時間のeラーニング。Lv.1は、昨年度から開始しており、データ分析に焦点を当てた基礎的な内容で、具体的な分析手法などを学びます。また、今年度からLv.2のデータサイエンティスト育成教育もスタートしています。

―DX教育によって、どのような成果や効果が生まれていますか?

教育の成果をどのように評価するかは難しい部分もあります。しかし、サプライチェーンマネジメントやデジタルマーケティングなどに関する新たな施策を進めるにあたって、その施策の意義を理解してもらうなど、基礎的な力は着実についているのではないかと自己評価しています。

また、学習意欲の高い社員はLv.0の基礎教育にとどまらず、その上のLv.1を積極的に受講するなど、DXスキル取得に向けたムードは高まってきていると思います。今年度から実施しているLv.2の教育プログラムにも多くの方々が応募している状況です。

―DX教育に並行する課題だと思いますが、御社では内製化を重視されているとお聞きしました。それはなぜですか?

DXに限ったことではありませんが、デジタル関連のツールが身近になっている以上、我々もそれを上手に使いこなしていかねばなりません。すべてを外部に任せていては、業務が円滑に進まなくなるおそれがあります。このため、デジタルツールを使えるようになることは必須です。過去には、ほとんどの人がExcelやWordを使えるようになった例がありますので、それと同じだと考えています。最近では、ローコードやノーコードのような使いやすいツールが増えてきたことも後押しになっています。 さらに、社内外でデジタル化の需要が高まる中、外部に頼っても十分なリソースが当社には回ってこない状況ですので、内製化を重視せざるを得ません。

―内製化を進めるためには、全社員のデジタルリテラシーの向上に加えて、デジタルを専門にする人材の育成も必要ではないでしょうか?

おっしゃるとおりですね。DX教育ロードマップのLv.2の目標は、AIを活用した分析業務のできる専門人材を育成することです。もちろん、AIだけではありません。全社員がアプリケーションやシステムツールなどを適切に扱えるようになるのが理想ですが、時間がかかります。そのため一時的に、外部からも人材を採用するなど、対応策も検討しています。

―御社のDXの代表的な取り組みとして3つのイニシアティブが進められています。具体的にご説明いただけませんか。

3つのイニシアティブのうちの「ブロックチェーン技術によるプラスチック資源循環プラットフォーム」と「AIを用いた新規用途探索」をご紹介します。

まず「ブロックチェーン技術によるプラスチック資源循環プラットフォーム」についてですが、当社はプラスチックや石油化学製品を扱うビジネスを行なっており、その結果、自然環境保全という大きな社会的責任を負っています。その責任を果たす一つの方法は、プラスチックの循環利用を促進することですが、安心して循環利用していただくには「過去に危険な添加剤が使われていないか」「本当にリサイクル材なのか」などが容易に確認できなければなりません。資源循環プラットフォームとは、そういった情報を提供するものです。具体的には、リサイクル材の物性情報や品質情報といったトレーサビリティ情報を提供するプラットフォームです。リサイクル材にトレーサビリティ情報を付与することで、結果として、その付加価値を高めることも可能になります。

―トレーサビリティ情報の入力はどのようにされているのですか?

製造の各工程において、さまざまなデータが生成・蓄積されますので、それを取り込むことになりますが、現状はまだ人手に頼らなければならない部分もあります。いかに自動化していくかが今後の課題です。自動読み込みの技術は日々進化していますので、専門会社の力を借りながら検討しているところです。さらに、トレーサビリティを徹底するには当社1社では不十分です。当社のプラスチックを材料として活用していただいている製品メーカーから、使用後のリサイクル事業者まで、サプライチェーン全体のデータが必要となります。すでに一部のアイテムでは、外部の企業にもデータ入力にご協力いただいています。

―もう一つのAIを用いた新規用途探索は、どのような仕組みですか?

特許やニュース、SNSなどの大量の外部情報と化学材料情報から独自の辞書を構築し、AIを活用して、当社素材の新用途や新市場を探索します。これまでのAI活用はどちらかというと生産性向上や効率化といった用途が多かったのですが、この新規用途探索は売上拡大を目指すものです。対象は新素材に限らず、長い歴史のある既存素材への活用にも威力を発揮しています。

もちろん、従前より用途や市場の探索には注力してはいましたが、人間はどうしても、この素材はこういう用途に使われるものだとの固定観念、先入観があるため、目新しい用途がなかなか見つかりませんでした。その点、AIは固定観念に縛られず、あらゆるパターンから思いもつかない用途をスピーディに見出します。

実際、食品の包装に使われていた素材が、新用途である電子部品関連に適用されたり、建築材料が半導体関連に適用されたり、人間の常識を超える発見がされています。AIは生身の人間のできない能力を有していますが、人間の狭い経験値や固定観念にとらわれない、斬新な発想を生むこともその一つだと言えます。

―ここまでにご紹介いただいた2つの事例のほかに、DXの代表的な取り組みに何がありますか?

はい、工場や研究開発におけるDXの代表例をご紹介します。

まず、工場におけるDXの取り組みの一つに、AIを活用した危険源の抽出があります。工場では安全が最優先であり、事故のない職場にするために危険源の抽出が重要です。これまでも作業前にどのような危険源があるか徹底的にチェックしてきましたが、ここでも人間の先入観が災いして完璧にできていたとは言えませんでした。まさかという所に危険源は潜んでいるものです。そこで、社内外の膨大なトラブル事例データなどをAIに入力・蓄積して、どんな作業をするときにどのような危険が生じるかを事前に予知する取り組みを進めています。

一方、新素材の研究開発は従来、相当数の実験を何度も繰り返し、経験則でデータを集めて行っていたため、非常に時間がかかっていました。従って、この工程をいかにして効率化し短縮するかが大きな課題でした。 そのためにいま取り組んでいるのは、AIを活用したマテリアルズ・インフォマティクスによる新素材開発です。マテリアルズ・インフォマティクスとは、実験を行わず、過去の研究データや論文データをAIに学習させ、シミュレーションによって物性や構造などを予測するものです。研究開発の工程が大幅に短縮されると同時に、ここでもやはり人間の経験則だけでは思いつかない新素材を発見できるようになりました。

―御社のテーマである「化学の力で社会課題を解決する」ために、DXはどのような役割を果たすと考えられますか?

言うまでもないことですが、DXは目的ではなく、あくまでも手段です。日々どんどん進化するツールを使いこなして、仕事の質やスピードを向上させることが私たちに求められています。

もちろん、当社は化学会社ですので、化学ならではの力を活用して社会課題を解決することが基本です。時代が変わっても、この基本は変わりません。ただここにDXを絡めることで、課題解決のスピードが飛躍的に向上し、従来は考えられなかったことも実現できるようになりました。そういう意味では、DXは単に当社だけにメリットをもたらすのでなく、社会全体にメリットをもたらす手段だと考えています。


まとめ

● 三井化学は、従来型事業の成長の限界や、サーキュラーエコノミーへの対応強化のため、素材提供型からソリューション型ビジネスモデルへの転換を決断。それに向けてDX推進本部を設立し、全社横串でDXを推進する体制を構築した
● 新たにDX推進リーダー「DXチャンピオン」という役割を設け、各事業本部に配置。現場を率いて意見をまとめるなど、信頼も厚いオピニオンリーダーたる存在である。
● DXに関する他社の成功事例を学ぶため、200以上のDX事例を収録したリファレンスブックを作成。しかし、現場に導入後、リファレンスブックを十分に活用できない実態が明らかになり、全社員のデジタルリテラシー不足という課題の解決が急務になった。
● 全社員のデジタルリテラシー向上を図るため、三井化学独自のDX教育ロードマップを作成。習熟度に応じてLv.0~Lv.3の4段階に分けて教育プログラムを組み、全社員のデジタルリテラシーの底上げや専門人材の育成に取り組んでいる。
● 業務の円滑な遂行やデータ活用のためには、デジタルツールの利用は必須。また、社内外でのデジタル化需要の高まりにより、外部のリソースも限られるため、社員のデジタルリテラシーを上げて内製化を進めている。
● 資源循環型プラットフォームは、自然環境保全に向け、トレーサビリティ情報付与によるリサイクル材の付加価値向上も含め、その活用促進を目指す。また、素材の新規用途探索や工場・研究開発でのAI活用により、人間の経験や固定観念を打ち破る発想や発見を効率よく創出することを目指す
● 化学ならではの力に加えてDXを絡めることで、社会課題解決のスピードが飛躍的に向上し、従来は考えられなかった社会課題解決も実現。そういう意味では、DXは単に一社のメリットだけでなく、社会全体にメリットをもたらすと考える。

※本稿はe-Kansaiレポート2023からの転載です。

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